幕末日本のリアルが伝わってくるシュリーマンの見聞記2023年07月25日

『シュリーマン旅行記 清国・日本』(ハインリッヒ・シュリーマン、石井和子訳/講談社学術文庫)
 先日、知人から八王子にはシュリーマン来訪を記念した「シュリーまん」なる饅頭があると聞いた。調べてみると、2年前の期間限定品だった。この話で未読棚の次の本を想起、引っ張り出して読んだ。

 『シュリーマン旅行記 清国・日本』(ハインリッヒ・シュリーマン、石井和子訳/講談社学術文庫)

 トロイ発掘で有名なシュリーマンは、世界一周の旅で幕末の日本に来ている。子供の頃に伝説のトロイの実在を確信したシュリーマンは、前半生で実業家として巨万の富を築き、その財力で後半生は発掘活動に注力する。世界一周の旅に出たのは事業活動を停止した直後、発掘活動を始める前である。

 1822年生まれのシュリーマンは勝海舟より1歳上、日本に来たのは1865年、43歳の時である。明治維新2年前の日本は騒然としていた。そんな時代の日本を短期滞在(約1カ月)の外国人の目で描いた本書はとても面白い。ヘンな例えだが、タイムマシンで幕末に行った現代日本人の見聞記のようでもある。当時のリアルな日常を、好奇心あふれる目で描いている。

 私が驚いたのは、彼が家茂上洛の行列を実見していることである。当初は見物禁止だったが、英国領事が幕府にかけあって、横浜近くの東海道に外国人用の見物場所が定められたそうだ。警備の役人は30人ぐらい、見物の外国人は百人ほどだったという。かなりの数の外国人が見物したのだ。

 シュリーマンの滞在地は横浜だった。確かに横浜から八王子を訪れている。途中の町田で2泊、町田から雨天の日帰りだった。「しのつく雨のせいで思うように町(八王子)を見ることはできなかった」と書いている。後年、八王子で「シュリーまん」が売り出されるとは思いもよらなかっただろう。

 八王子訪問に比べて、江戸に行くのは容易でなかった。外国の公使とその随行員以外は江戸に入れず、当時の江戸には米国の全権公使しかいなかった。攘夷で危険なため、他の公使は横浜にいたようだ。シュリーマンは観光客であって外交官ではない。それでも、若い友人グラヴァーに頼んで江戸の米国公使訪問という形をつくってしまう。好奇心と実行力のなせる技だ。

 数日間の江戸滞在中には、常に5人の役人が附き添っていた。役人たちを引き連れてあちこち観光し、芝居小屋にまで行っている。面白い光景だと思う。

 シュリーマンは日本の政治情勢にも言及している。大君(将軍)は外国との交流にきわめて積極的だが、守旧的な封建領主(大名)たちに牽制されて自由に振舞えていない、との見立てである。攘夷の嵐が吹き荒れる幕末日本が外国人の目にそう見えたのは当然だと思う。