ナチスの妄想的人種観を分析した『ナチスと隕石仏像』2023年07月07日

『ナチスと隕石仏像:SSチベット探検隊とアーリア神話』(浜本隆志/集英社新書)
 ナチスやヒトラーは私の関心領域である。だが、知人に教示されるまで、6年前に出た次の新書は知らなかった。

 『ナチスと隕石仏像:SSチベット探検隊とアーリア神話』(浜本隆志/集英社新書)

 不思議なタイトルだ。「ナチス」「隕石」「仏像」という脈略不明の言葉に頭が混乱する。表紙の写真が「隕石仏像」である。

 腹に「卍」の仏像(?)、隕石製である。かつてナチスはチベットに探検隊を派遣した。そのときにドイツに持ち帰ったものらしい。所有者の死亡によって2012年になって一般に公開され、日本の新聞にも載ったそうだ。私は見落とした。

 この仏像の来歴は、公開された頃から疑問視されていた。本書は、この仏像を多面的に検討したうえで、ナチスが捏造したものとしている。説得力のある推論である。

 「隕石仏像」の話は本書のマクラに過ぎない(分量は約半分だが)。後半は、アーリア人が第一とするナチスの人種観の概説と分析である。私には後半の方が面白かった。

 著者はヨーロッパ文化論や比較文化論を研究するドイツ文学者である。ナチスの人種観についての概説・分析は、私には未知の事柄も多く、勉強になった。

 狂信的人種主義者ヒムラーをかなり詳しく分析している。彼の神秘思想やオカルト趣味は興味深い。ヒトラーさえ彼の神秘思想とは一線を画していたそうだ。ヒムラーが設立したアーネンエルベ(ドイツ先史遺産研究所)については本書で初めて知った。この研究所が、アーリア人のルーツ探索を目的にチベット探検隊を派遣したのである。

 ナチス関連の本を読み始めた頃、アーリア人とはゲルマン人を指すのかと思った。その後、印欧語族を指し、イラン系遊牧民がアーリア人を自称していたと知り、混乱した。本書を読むと多少は整理できるが、所詮、ナチスの言うアーリア人(金髪、碧眼、長身、鼻が高く細面・・・)は妄想に過ぎない。

 ナチスが喧伝したアーリア人種のイメージは、ヒトラー、ゲーリング、ヒムラーなどの容貌とはかけ離れている。著者は、次のような面白い指摘をしている。

 「それがナチス流プロパガンダであり、この二重構造はむしろドイツ国民にとって安心感を与えた。逆にナチスの首脳がすべてかれらのいうアーリア系の風貌をしていれば、国民はナチスを支持しなかったであろう。」

【P.S.】
 本書が榎本武揚の流星号に言及しているのに感激した。まさかの、ナチスと榎本武揚の交差だ。隕石加工の話が出てきたとき、榎本武揚が隕石から刀(流星号)を作ったことを想起した。読み進めると、流星号の紹介に遭遇した。著者は「このエピソードは、隕石マニアの間では知られているが、一般にはあまりなじみがないエピソードである。」としている。私は隕石マニアではないが、榎本武揚ファンなので知っていた。『榎本武揚と東京農大』、『榎本武揚と明治維新』、『榎本武揚』『近代日本の万能人』などに隕石から作った流星号の話が載っている。