1969年の私漫画『ライク ア ローリング ストーン』 ― 2022年12月14日
年末になると「今年の物故者」を振り返る気分になる。で、今年6月に亡くなった漫画家・宮谷一彦を思い出し、数年前に入手した『ライク ア ローリング ストーン』を読み、1969年の熱い空気を肌に感じた。
『ライク ア ローリング ストーン』(宮谷一彦/フリースタイル)
この漫画は『COM』1969年4月号~9月号に連載したもので、単行本になったのは雑誌連載から48年後の2017年である。その頃に本書を購入、第一話を読んで雰囲気はわかった。気軽にサラサラ読める漫画ではない。いずれゆっくり読もうと思っているうちに著者は76歳で逝ってしまった。
私が宮谷一彦の名を知ったのは半世紀ほど昔の大学生の頃である。「大学生が漫画を読む」と慨嘆された世代だ。『少年マガジン』『少年サンデー』『ガロ』『COM』などを愛読していた。新宿に「コボタン」という漫画好きの集まる喫茶店があると知り、友人と行ってみた。そのとき、見知らぬ若者が近づいてきて「宮谷一彦をどう思いますか」と訊かれた。宮谷一彦を知らなかった私はとまどって「知らない」と答えた。やはり、ここはディープな喫茶店だと思った。
その後、宮谷一彦の作品をいくつか読んだが、あまり馴染めず、さほど面白いとは思わなかった。
今回、『ライク ア ローリング ストーン』を精読し、むせかえる濃密さに辟易しつつも、時代の空気を映した迫力に圧倒された。
この漫画のオビには「ふたりの女性そしてまんがと革命の時代」「ひとりの漫画家の1969年3月からの120日間の記録」とある。この惹句のとおり、宮谷一彦がモデルの、作者23歳の時点の私漫画である。主人公の心情や行動を、雑誌連載とほぼリアルタイムで描いている。登場する女性(主人公の愛人)やその父親(右翼の大物)のモデルも特定できる。コボタンも出てくる。
当時よく読まれた本を書き込んだコマもある。『濠渠と風車』(埴谷雄高)、『ああ荒野』(寺山修司)、『黒馬をみたり』(ロープシン)などが描かれている。
コマ割りが大胆である。阿修羅像や蒸気機関車を見開きで描いたり、心情吐露的文章で1ページを埋めたりもする。「ぼくが埴谷雄高の名を知ったのは前に話した革命運動に強い興味をもっていたとき『幻視のなかの政治』を読み 信奉できる作家だと思ったときからです」などという文章もある。
「革命の時代?」における社会参加や漫画家の作家性の模索を描いたこの漫画は、終った青春の回顧のようにも見える。23歳はもはや若くはないのだ。
半世紀以上前に発表された漫画を読み、かつての漫画は尖っていて熱かったと、あらためて気づいた。
『ライク ア ローリング ストーン』(宮谷一彦/フリースタイル)
この漫画は『COM』1969年4月号~9月号に連載したもので、単行本になったのは雑誌連載から48年後の2017年である。その頃に本書を購入、第一話を読んで雰囲気はわかった。気軽にサラサラ読める漫画ではない。いずれゆっくり読もうと思っているうちに著者は76歳で逝ってしまった。
私が宮谷一彦の名を知ったのは半世紀ほど昔の大学生の頃である。「大学生が漫画を読む」と慨嘆された世代だ。『少年マガジン』『少年サンデー』『ガロ』『COM』などを愛読していた。新宿に「コボタン」という漫画好きの集まる喫茶店があると知り、友人と行ってみた。そのとき、見知らぬ若者が近づいてきて「宮谷一彦をどう思いますか」と訊かれた。宮谷一彦を知らなかった私はとまどって「知らない」と答えた。やはり、ここはディープな喫茶店だと思った。
その後、宮谷一彦の作品をいくつか読んだが、あまり馴染めず、さほど面白いとは思わなかった。
今回、『ライク ア ローリング ストーン』を精読し、むせかえる濃密さに辟易しつつも、時代の空気を映した迫力に圧倒された。
この漫画のオビには「ふたりの女性そしてまんがと革命の時代」「ひとりの漫画家の1969年3月からの120日間の記録」とある。この惹句のとおり、宮谷一彦がモデルの、作者23歳の時点の私漫画である。主人公の心情や行動を、雑誌連載とほぼリアルタイムで描いている。登場する女性(主人公の愛人)やその父親(右翼の大物)のモデルも特定できる。コボタンも出てくる。
当時よく読まれた本を書き込んだコマもある。『濠渠と風車』(埴谷雄高)、『ああ荒野』(寺山修司)、『黒馬をみたり』(ロープシン)などが描かれている。
コマ割りが大胆である。阿修羅像や蒸気機関車を見開きで描いたり、心情吐露的文章で1ページを埋めたりもする。「ぼくが埴谷雄高の名を知ったのは前に話した革命運動に強い興味をもっていたとき『幻視のなかの政治』を読み 信奉できる作家だと思ったときからです」などという文章もある。
「革命の時代?」における社会参加や漫画家の作家性の模索を描いたこの漫画は、終った青春の回顧のようにも見える。23歳はもはや若くはないのだ。
半世紀以上前に発表された漫画を読み、かつての漫画は尖っていて熱かったと、あらためて気づいた。
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