『夜を賭けて』は戦後史小説2022年09月25日

『夜を賭けて』(梁石日/幻冬舎文庫)
 25年前に新刊で購入し、未読のままページが黄ばんでいた次の文庫本を読んだ。

 『夜を賭けて』(梁石日/幻冬舎文庫)

 戦後の混乱期に大阪造兵廠跡地に出没した屑鉄泥棒集団「アパッチ」を描いた小説である。私は十代の頃(半世紀以上昔)『日本アパッチ族』(小松左京)や『日本三文オペラ』(開高健)を読んでアパッチに興味を抱いた。『夜を賭けて』の作者はアパッチの一人で、その体験をふまえて書いたアパッチ小説の決定版と知り、この文庫本を迷わず購入した。だが、いずれ読もうと思いつつ、うかうかと25年が経過した。

 数か月前、ブレヒトの『三文オペラ』を翻案した『てなもんや三文オペラ』を観劇した。原作の盗賊団が大阪の屑鉄泥棒アパッチになっていたのを観て未読の『夜を賭けて』を思い出したのである。

 この小説は第一部と第二部の構成で、第一部ではアパッチと警察との攻防を生々しく描いている。第二部になると小説の趣はガラリと変わり、長崎の大村収容所の話になる。

 本書であらためて知ったのは、大阪造兵廠の規模の大きさ(6万8千人が従事)とと、アパッチが在日朝鮮人だったということである。

 大空襲で廃墟になった造兵廠跡地は戦後十数年たっても放置されていた。アパッチが大々的に屑鉄泥棒(廃墟の屑鉄は国有資産)を始めるのは1958年のはじめ、警察との8カ月間の攻防のすえ、1958年10月には壊滅させられる。本書第一部は、その8カ月間の在日朝鮮人たちの生命力あふれる強烈な世界を描いている。息苦しいほどに濃厚な空気が伝わってくる群像劇である。

 第二部は群像劇ではなく主人公が若い二人の男女に絞られる。大村収容所に収容された男と、それを救出しようとする女の物語になり、戦後史の暗く重い情況もストレートに描いている。朝鮮戦争後、南北に分かれた祖国の情勢を背景にした民団と総連の対立や帰国運動など、いまでも身につまされる話である。『凍土の共和国』を思い出した。大村収容所についても、その悲惨で非情な実態を本書ではじめて認識した。

 最終章では時間が35年とんで、1993年(本書発表時の現代)になる。造兵廠跡の廃墟は大阪城公園になっている。主人公の一人は「何やしらんけど、SFの世界に迷い込んだみたいや」とつぶやく。読者の私も、その感慨に共鳴する。もちろん本書はSFではない。しかし、私には戦後史とSFが二重写しになったように感じられる小説である。

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