『東京四次元紀行』は、ちょっと切ない掌篇小説集2022年08月17日

『東京四次元紀行』(小田嶋隆/イースト・プレス)
 コラムニスト・小田嶋隆の最初で最後の小説集を読んだ。

 『東京四次元紀行』(小田嶋隆/イースト・プレス)

 発行日は2022年6月5日、その19日後の6月24日に作者は病死(享年65歳)。「あとがき」の日付は5月吉日、そこで次のように語っている。

 「自分で書いてみると、小説は、読むことよりも書くことの方が断然楽しいジャンルの文章だと思うようになった。(…)今では、小説こそ素人が書くべきジャンルの文芸である、と考えるようになった(もっと早い時期に書いていればよかったなあ)。」

 この( )内は、死期を悟った著者の無念のつぶやきに思えてしまう。

 本書は32篇の短篇を収録している。内23篇は東京23区に対応していて「残骸――新宿区」「地元――江戸川区」のようなタイトルになっている。他の9篇は必ずしも特定の地域に対応しているわけではない。『東京四次元紀行』は本書全体を包む表題で、収録短篇のタイトルではない。東京に棲息する人々の空間と時間の点描を集積した掌篇集である。

 『東京四次元紀行』と謳いながら23区だけなのは、三多摩地区在住の私としては取り残された気分で少々残念である。最後の作品「月日は百代の過客にして」の舞台が国立なので、とりあえずよしとする(この小説は他の31篇とはテイストが少し異なる)。私は調布市在住だが……。

 それぞれが独立した話のなかには連作風の数篇もある。時間が自在に飛ぶ話が多く、追憶の風景と現代の光景が重なり合って、ちらりと「四次元」を感じさせたりもする。登場人物は、まっとうな人もいるが、不器用な人物や変人が多く、アル中も何人かいる。彼らの織りなす切ない状況を切り取っていて、不思議な余韻がある。どれも読みやすくて面白い。

 著者への予断のせいかもしれないが、コラム一歩前の風情を湛えた小説だと感じた。

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