『沈黙のフライバイ』(野尻抱介)はハードSFの傑作短篇集2020年05月24日

『沈黙のフライバイ』(野尻抱介/ハヤカワ文庫/早川書店)
 私はオールドSFファンなので、日本人SF作家は第2世代(掘晃、かんべむさし…)あたりまでしかフォローできてなくて、最近のSFの状況はよく知らない。

 最近の作家とは言えないが、野尻抱介氏についても、その名のみを知っていて、作品を読んだことはなかった。名を知っているのは、天文の野尻抱影と酷似した名前が印象に残り、倅か孫かなと思ったからである。彗星に関する物語を検索していて引っかかった次の短篇集を読み、その面白さに感心した。

 『沈黙のフライバイ』(野尻抱介/ハヤカワ文庫/早川書店)

 2007年に出た短篇集で5篇収録されている。どれもが、現代に近い時代設定の宇宙ハードSFで、リアルでありながら夢が広がる話になっている。JAXAなどを舞台にした理系の科学技術テーマの面白い物語である。

 5編のどれもが面白い。太陽系を通過していく地球外文明の構築物と思しき物体を観測する「沈黙のフライバイ」、2001年の小惑星探査から軌道エレベーターが建設された時代(2020年代!)の小惑星旅行までを描く「轍の先にあるもの」、夫婦2組4人のチームで火星を目指す「片道切符」、完全自給自足スーツ開発の「ゆりかごから墓場まで」、リケジョの学生(工学部)が気球と凧で宇宙(の一歩手前)を目指す「大風呂敷と蜘蛛の糸」、どれも印象深い。

 仕掛けを荒唐無稽でなく極力リアルに検討・描写していて、しかも物語が巧みだ。この人の作品をもっと読みたくなった。

 野尻抱介氏は野尻抱影の縁者ではなく野尻抱影ファンで、こんなペンネームしたそうだ。