アイスキュロスを読み、ギリシア悲劇の秘めたる力を感じた2019年06月09日

『ギリシア悲劇Ⅰ アイスキュロス』(ちくま文庫)
 新国立劇場で上演されるアイスキュロス原作『オレスティア』のチケットを購入したので、観劇前の準備に次の本を読んだ。

 『ギリシア悲劇Ⅰ アイスキュロス』(ちくま文庫)

 アイスキュロスはギリシアの三大悲劇詩人の一人である。「ギリシア悲劇」という言葉に一定のイメージをもっているが、私はこれまでにギリシア悲劇を観たことも読んだこともなかった。チケット購入の動機には、これを機会に「ギリシア悲劇」を読もうと思ったこともある。

 本書には次の作品が収録されている。

  縛られたプロメテウス(呉茂一訳)
  ペルシア人(湯井壮四郎訳)
  オレスティア三部作
    アガメムノン(呉茂一訳)
    供養する女たち(呉茂一訳)
    慈しみの女神たち(呉茂一訳)
  テーバイ攻めの七将(高津春繁訳)
  救いを求める女たち(呉茂一訳)

 アイスキュロス(BC525-456)は「歴史の父」ヘロドトスよりは年長の人で、90の作品を書いたそうだが、本書収録の7作品しか現存していない。

 『オレスティア』は全三部作が残っている。他の4つはそれぞれ三部作の中の1編が残ったものである。当然のことながら『オレスティア』が最も印象深いが、他の作品も古代の原初的な演劇の様子を偲ぶことができて興味深い。

 私がイメージするギリシア悲劇のイメージはソポクレスの『オイディプス王』であり、それはさまざまな引用文や映画(パゾリーニの『アポロンの地獄』、松本俊夫の『薔薇の葬列』)などの雑多な情報で形作られている。

 今回、アイスキュロスの作品を読んで、ギリシア悲劇がコロスという合唱で成り立っていることを改めて認識した。そして、ゼウスをはじめとするさまざまな神々の大きな役割を知った。ギリシア悲劇は神話や伝説をベースにした話が多いが、そこに登場する神々はいかにもギリシアらしく人間的である。神々は、敬ったり畏れる対象というよりは劇中の登場人物になり切っている。

 観劇予定の新国立劇場の『オレスティア』は、アイスキュロスの原作を元に現代の作家が再構成した作品だから現代劇かもしれない。それはそれで楽しみではあるが、本書を読むと古典的なギリシア悲劇の舞台を観たいと感じた。

 ギリシアで活躍したアイスキュロスは何度かシチリアを訪問し、シチリアのジェーラで没している。私は昨年シチリア旅行をし、ジェーラにも行った。多くのギリシア劇場遺跡も観光した。あんな劇場で仮面のコロスたちが繰り広げる舞台を想像すると、現代も紀元前5世紀もさほど変わりない気がしてくる。

 本書を読んで感じたのは、ギリシア悲劇は、そのまま演じてもいいだろうが、その悲劇にインスパイアされて新たなものを作り出す力を秘めているということである。この二千数百年の間多くの人がインスパイアされてきたはずだ。

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