あり得たかもしれない別の人生を描く『傾いた地平線』2026年04月28日

『傾いた地平線』(眉村卓/P+D BOOKS/小学館)
 日経の土曜夕刊終面の「文学周遊」に眉村卓の『傾いた地平線』が載っていた(2026年1月31日)。未読の長編なので、いずれこの小説を入手して読もうと思い、記事を切り抜いた。ネット古書店で容易に入手できると思ったが、記事が引用している角川文庫版は入手できず、小学館の P+D BOOKS を購入した。

 『傾いた地平線』(眉村卓/P+D BOOKS/小学館)

 眉村卓46歳の時の自分語りSF小説である。人は自分の人生をふり返って過去の分岐点のアレコレを考えたとき、別の道を歩んだ別の人生に思いを馳せることがある。そんな思いを並行世界というSFに仕立て、眉村フシギ・ワールドを展開した小説だ。

 46歳のSF作家の「ぼく」が大阪のH橋のA新聞ビルのエレベーターから降りた時、異変が始まる。そこはA新聞ビルではなくUビル、ぼくはSF作家ではなく、関西耐熱材という会社の次長になっている。それは人生のある時点で分岐した自分の「あり得たかもしれない」別世界である。

 眉村卓は阪大経済学部卒業後、大阪窯業耐火煉瓦(現ヨータイ)に入社(1957年)、岡山県備前市日生(ひなせ)町の日生工場に赴任し、翌年には大阪本社に転勤している。会社勤めのかたわらSF小説を書いており、1958年には退社して専業作家になる(エッセイ集『歳月パラパラ』など)。この小説は、そんな眉村卓の実人生を反映しているので、妙なリアリティがある。

 この小説で、主人公は次々と「別のぼく」に転生していく。最初は大阪本社の次長になっている「ぼく」だが、次は最初の赴任先のH町に居ついて現地の女性と結婚している「ぼく」である。晩年の短編『峠』には、老いた作家がH町を訪れ、そこに住みついた分身に遭遇するシーンがあった。

 会社勤めを継続していた世界までは「あり得たかもしれない」の蓋然性が高い心境小説の趣がある。その先は、「本来のぼく」の世界からかなりかけ離れたやや奇怪な異世界巡りへと飛躍して行く。

 生まれてから今日までの人生の無数の分岐から「別の人生」が発生すると夢想すれば、この世界のほとんど全ての人間が自分の分身にも思えてくる。そんな妄想がわいてくる小説だった。