『玄奘三蔵、シルクロードを行く』は著者の肉声が聞こえてくる2025年08月04日

『玄奘三蔵、シルクロードを行く』(前田耕作/岩波新書/2010.4)
 『大唐西域記』玄奘の伝記を続けて読んだのを機に、次の新書を再読した。

 『玄奘三蔵、シルクロードを行く』(前田耕作/岩波新書/2010.4)

 本書を読んだのは11年前だが、読後感メモは残していない。玄奘の壮大な旅に中央アジアの魅力を感じた記憶がかすかに残っている。11年前、私はカルチャーセンターの講義で初めて著者に接した。その後、いくつかの講義を受講し、著者同行の海外旅行へも参加し、いろいろお話を聞く機会を得た。だから、著者を「先生」と呼ばないとしっくりこない。

 前田耕作先生は2022年12月に89歳で亡くなり、先生の業績を偲ぶシンポジジウムも開催された。

 本書の対象は『大唐西域記』全12巻のうちの巻1と巻2であり、先生の広範な学識と東西を見はるかす洞察に裏打ちされた魅力あふれる講義である。本書を再読していると、先生の肉声が聞こえてくる気がする。

 前田先生は若い頃からバーミアン遺跡の調査に携わっていた。バーミアン大仏破壊後の現地調査にも赴いている。バーミアンの歴史の現存する最古の記録が『大唐西域記』である。本書はバーミアンを含むアフガニスタンに多くのページを割いている。玄奘の記録をベースにした近代の発掘史は興味深い。7世紀の玄奘の旅を辿りつつも記述は現場レポートのように瑞々しい。先生が玄奘に憑依して語っているように感じられる箇所もある。

 本書「第1章 不東の旅立ち」では、『大唐西域記』には記述のない玄奘の生い立ちから密出国までを語っている。玄奘の青少年時代は隋朝末期から唐朝初期に移る動乱の時代だ。知的向上心の強い玄奘は模索する哲学青年だった。若き玄奘を描く前田先生は、自身の青年時代と青年玄奘を重ねているように思える。

 戦後の騒然とした時代に哲学科に入学した前田先生は、大学の授業とは別に在野の学者の勉強会に参加して鍛えられたそうだ。マルクス主義から現象学へ脱出する格闘だったらしい。同時に奈良の古寺を巡り、各地の遺跡発掘にも携わる。激烈な紆余曲折の青春だったという。先生は青年期の玄奘を次のように表現している。

 「活力にみなぎった青年期の玄奘の知の糧が、真諦の訳した諸経にあったことは、時代の流れもあろうが明らかであった。無著・世親の斬新な教学こそ、若き玄奘にとっては緻密に読み返すべき「精神現象学」であったにちがいない。」

 前田先生は知の探究者であると同時に行動する学者だった。古跡を巡る旅行では、そこに何も残っていなくても現場に立って何かを感じることが大事だと述べていた。玄奘も行動する学者である。先生が描く「旅する玄奘」は求法の僧であると同時に文化人類学者であり、異文化交流研究者である。先生の想いが玄奘に投影されているようにも感じられる。

 本書のメインはバクトリアとバーミアン、つまり現在のアフガニスタンであり、玄奘がハッダを後にしてガンダーラに向かう場面で終わる。結語は「ガンダーラ巡拝についてはいつの日か改めて語るとしよう」である。

 先生との雑談のなかで私が本書に触れたとき「あれは、続きを書かなければ…」とつぶやかれた。その思いを果たすことなく逝ってしまわれた。