昭和を映すミステリー『大いなる幻影』を読んだ2025年01月22日

『大いなる幻影』(戸川昌子・講談社文庫)
 1962年の江戸川乱歩賞受賞作『大いなる幻影』を読んだ。2016年に85歳で亡くなった戸川昌子のデビュー作である。

  『大いなる幻影』(戸川昌子・講談社文庫)

 なぜ、60年以上昔のミステリーを読む気になったのか。先日観た渡辺えり作・演出の芝居『りぼん』のせいである。戦後史を刻印しつつ時間が錯綜するこの芝居は多様な事物を盛り込んでいて、パンフレットでは「『りぼん』を知るためのキーワード」8項目を取り上げている。そのキーワードの一つが「戸川昌子『大いなる幻影』」だった。次のように解説している。

 「戦後という時代に自立を目指し、自身に誇りをもって生きてきた女性たちの夢が無惨に打ち砕かれた様や、老後の孤独が容赦なく描かれており、渡辺えりは今回の『りぼん』の執筆において大きな影響を受けたという」

 この解説で未読の古いミステリーを読みたくなり、ネット古書店で入手したのだ。

 小説の舞台はK女子アパート。実在した同潤会大塚女子アパートがモデルである。1930年(昭和5年)にモダンで贅沢なアパートとして建てられ、戦後も存続し、2003年に解体された。戸川昌子は1923年から1962年(乱歩賞受賞の年)まで、このアパートに母親と住んでいたそうだ。

 驚いたことに、このアパートは1957年に、道路拡幅のため曳家工事で4m後退している。中庭のある囲み型の5階建て百数十戸のアパートを、住人が居住している状態のまま4m動かしたそうだ。『大いなる幻影』その工事をミステリーに取り入れている。

 この小説で強く印象に残るのは、K女子アパートの様子とそこに住む老いた女性たちの姿である。かつての高級アパートは古び、「働く女性」たちも老いていく。人と住居の老残を描いた小説である。この小説を書いた戸川昌子は30歳そこそこのシャンソン歌手だった。その若さゆえに老残をクールに描けたのかもしれない。

 私は、この小説を面白く読み進めながらも、これは犯罪小説であって推理小説ではなさそうだなと感じていた。それは浅はかな私の勘違いだった。江戸川乱歩賞らしい見事なミステリーだった。

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