『統合失調症の一族』はすざまじい大家族の記録2022年12月28日

『統合失調症の一族:遺伝か環境か』(ロバート・コルター/柴田裕之訳/早川書房2022.9)
 かつて精神分裂病と呼ばれた病は2002年から統合失調症という呼称に改訂された。その精神の病に侵された家族を描いた次のノンフクションを読んだ。

 『統合失調症の一族:遺伝か環境か』(ロバート・コルター/柴田裕之訳/早川書房2022.9)

 大家族のすさまじい話である。父は聡明でリベラルな空軍将校、母も聡明、このカトリックの夫婦は何と12人の子供をもうける。上10人が男、下2人が女、長子と末子の年齢差は20歳、母は20年にわたってほぼ1年半ごとに出産したのだ。12人の子供たちが成長していくにしたがって男6人が統合失調症を発症し、この家族は多大な辛苦を経験する。本書は、この怖い病に直面した家族の約50年にわたる苦闘を描いている。

 長男は1945年生まれ、末っ子が生まれたのが1965年、兄弟の何人かは私(1948年生まれ)と同世代だ。原著の刊行は2020年、その時点で両親と3人の息子(すべて発症者)は亡くなっている。息子7人(内3人は発症者)と2人の娘は存命である。

 登場人物はすべて実名、かなり立ち入った迫真的な場面も多い。まるで小説のような心理描写や会話もある。本当にノンフィクションかなと思ってしまう。

 本書末尾でそのカラクリが明かされた。娘二人は、自分たちの家族が体験してきた実情を世間に知ってもらう方法を探していて、2016年初頭に本書の筆者(ジャーナリスト・作家)に出会ったそうだ。家族全員の同意を得たうえで、多くの関係者に取材して完成したのが本書である。

 著者によれば、創作した場面は一つもないそうだ。再現ドラマ風の箇所が続くとやや冗長に感じ、もっと簡潔に書けばいいのにと感じたが、家族の依頼に基づいて執筆した場面に力が入ってしまったのかもしれない。

 本書は統合失調症に取り組む医師や研究者の物語でもある。社会が統合失調症をどう扱ってきたかのレポートでもあり、60年代の反精神医学運動にも触れている。本書サブタイトル「遺伝か環境か」を巡る議論の変遷も追っている。

 ゲノム解析などによって統合失調症の研究は進展しているが、いまだに解明できていない。遺伝的な要素が関与しているのは確かだろうが、発症のメカニズムはよくわからない。治療法や予防法も確定していないようだ。

 本書で興味深く感じたのは、かつて「統合失調症誘発性の母親」という考え方が広まったことがあるという話である。当事者である母親にとっては辛い説だ。ヒチコックの『サイコ』もそんな説をふまえている。統合失調症など精神医学のテーマは社会や歴史の考察に直結している。だから興味深い。そして、やっかいだ。

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