北斎を描いた芝居『夏の盛りの蝉のように』2022年12月12日

 本多劇場で加藤健一事務所公演『夏の盛りの蝉のように』(作:吉永仁郎、演出:黒岩亮、出演:加藤健一、新井康弘、他)を観た。北斎を主人公にした芝居だと知り、画狂人・北斎への関心からこの芝居を観たいと思った。日本人の絵画で世界中に知られた最もポピュラーな作品は北斎の「神奈川沖浪裏」だと思う。北斎はスゴイ。

 この芝居に登場するのは北斎の他に、北斎の娘・おえい(絵師・葛飾応為)、蹄斎北馬、歌川国芳、渡辺崋山などだ。引っ越しを繰り返す北斎の家に出入りする弟子たちと北斎を巡る年代記である。北斎56歳の頃から90歳で没するまで、さらに没後9年頃までを点描風に描いている。北斎没後は、北斎を回想するおえいと国芳の背後で「あの世」の人物になった北斎や崋山らが座談している。

 北斎という怪物を軸にした絵師たちの葛藤のなかで、私が最も面白いと思ったのは渡辺崋山である。この人物については高校日本史レベルの断片知識(蘭学者、絵も描いた、蛮社の獄で投獄)しかない。芝居がフィクションだとは承知しているが、ここに描かれた崋山のキャラクターは興味深い。インテリ武士でありながら、武士を捨てて絵師になりたいと思う。だが、武士を捨てられず、藩政に奔走し、国を憂い、今度は絵を捨てようと思う。絵の才能は抜群、頭脳明晰な学者であり実務をこなせる――そんな悩める若きインテリが右往左往するのである。

 崋山に関する史実は知らないが、この芝居のような人物なら、この人を主人公にしても面白いのではと思った。

 この芝居の冒頭に、北斎が馬琴を罵倒するシーンがある。「俺の挿絵のおかげで本が売れているのに礼を欠いている」と憤っているのだ。史実なのだろうか。10年前に『椿説弓張月』に取り組んだとき、その本が北斎の全挿絵を収録しているのに惹かれたのだったなあ、と懐かしく思い出した。