サヘル・ローズ主演の『恭しき娼婦』は力強い2022年10月08日

 芝居砦・満点座という小さな劇場で新宿梁山泊公演『恭しき娼婦』(作:サルトル、演出:金守珍、主演:サヘル・ローズ)を観た。

 状況劇場の流れをくむ新宿梁山泊のテント芝居は何度か観たが、「芝居砦・満点座」という劇場へ行くのは初めてである。東中野から徒歩12分、駅から遠い。新宿梁山泊の事務所があるマンションの地下2階である。

 冷たい雨の中、大きめの傘で劇場を目指した。路地に入ったあたりで不安になり、傘の下で地図を広げると、後ろから来た男性が「劇場なら、この道でいいですよ」と言った。その人について行って無事たどりつけた。一人なら迷ったと思う。入口に何の表示もないマンションの薄暗い階段を降りて行くのだが、地下2階といっても、それ以上に降りなければ入口にたどり着けない。マンションが斜面に建っているのだ。

 芝居砦・満点座は客席50弱、ロビーは広めのサロンで、壁におびただしいポスターや写真を飾っている。大半が唐十郎関連だ。1975年の『滝の白糸』(主演:沢田研二・李礼仙、演出:蜷川幸雄)の大きなポスターもあり、懐かしさに息をのんだ。

 閑話休題。『恭しき娼婦』は今年6月に紀伊国屋ホールで「栗山民也演出、奈緒主演」の舞台を観た。1946年発表のサルトル劇が今年になって2回上演されるのは、何かの暗示だろうか。チラシによれば、金守珍が師と仰ぐ唐十郎の状況劇場旗揚げ公演(1963年)のこの芝居、新宿梁山泊は4年前に東京芸術劇場で上演しているそうだ。

 チラシの惹句に「ねえ、あたしたちだけかしら 二人ともまるで孤児じゃないの」とある。私は4カ月前に『恭しき娼婦』を観ていながら、この科白を失念していた。今回の舞台では印象に残った。「あたしたち」は主人公の娼婦と追われる黒人青年で、二人だけが不条理な全世界から切り離された状況を表している。主演のサヘル・ローズがイラン・イラク戦争の孤児だったという知識がこの科白を際立たせるのかもしれない。

 今回の公演は「新宿梁山泊2022年度版」と謳っていて、原作にはない幻想的なシーンが挿入されている。そして、ラストが原作戯曲の印象とは異なる。戯曲は「おれの名前はフレッドっていうんだ」という科白で終わる。その先のことは書いていない。

 金守珍演出は、科白を追加せずにその先を展開している。それは、弱者の娼婦が絶望を乗り越えて世界(状況)に敵対し、立ち向かう姿である。いい終幕だ。