イスラーム社会で奴隷がはたした役割2022年08月09日

『イスラーム史のなかの奴隷』(清水和裕/世界史リブレット/山川出版社)
 イスラーム史の概説書を読んでいるとマムルークと呼ばれる軍人奴隷が頻出する。奴隷といっても王になって王朝を作ったりもするのだから、虐げられた哀れな存在のイメージとはかなり異なる。イスラーム世界の奴隷についてもっと知りたいと思い、次の冊子を読んだ。

 『イスラーム史のなかの奴隷』(清水和裕/世界史リブレット/山川出版社)

 私が期待したマムルークに関する記述はさほど多くなかった。イスラーム世界には軍人以外にも多様な奴隷が多く存在したということである。もちろん、ギリシア、ローマや中国にも多くの奴隷がいた。近代世界にも奴隷は存在したが、古代世界の奴隷は近代の類型的イメージとはかなり違った存在だったようだ。

 本書によって、イスラーム世界においては奴隷と自由人の境がグラデーションになっていることを知った。解放される奴隷が多く、自由人のなかには多くの元奴隷が存在し、父母や祖父母が奴隷だった人は数え切れないほどいたのだ。

 イスラーム社会はコーランやハディーズ(伝承)に基づいたイスラーム法という規範をベースにしているとの知識はあったが、本書によってその具体的イメージが垣間見えた。奴隷の扱い、奴隷が自由人になるための規定が、こまかくイスラーム法に定めれているのだ。イスラーム法の具体例をいくつか知り、なるほどと思った。

 イスラーム世界では女性奴隷が主人の子供を産むことは普通だったようだ。アッバース朝のカリフは二人の例外を除いてみな、母親は奴隷女性だった。

 では、カリフの宮廷には何人ぐらいの奴隷がいたか。本書によれば、10世紀初頭のカリフ(ムクタディル)の宮廷には次のような人々がいたといわれている。

  黒人宦官 7000人
  白人宦官 4000人
  自由身分もしくは奴隷身分の女性 4000人
  奴隷少年(グラーム) 数千人
  警備要員 6000人以上

 驚くべき数である。著者は「数字そのものの信頼性は別として、かなりの数であることは間違いない。」とコメントしている。

 著者は本書末尾で、イスラーム社会において奴隷制度が果たした役割を次のように述べている。

 「(イスラーム社会の奴隷制度が)、異郷からの他者を長い時間をかけて社会に同化させ、社会の多様性を生み出していく、そのような役割をもはたしていたのである。」