5年の長旅に同行した気分になる『ビーグル号航海記』2022年04月14日

『ビーグル号航海記(上)(下)』(チャールズ・R・ダーウィン/荒俣宏訳/平凡社)
 ついに『ビーグル号航海記』を読んだ。

 『ビーグル号航海記(上)(下)』(チャールズ・R・ダーウィン/荒俣宏訳/平凡社)

 この本を読もうと思ったのは14年前である。その頃、私は世界一周の船旅をし、ガラパゴス島で大いに感動した。帰国したらダーウィンの『ビーグル号航海記』を読もうと思った。帰国後、ネット古書店で入手した『ビーグル号世界周航記』(ダーウィン著)という本は、『ダーウィンは何を見たか』というダイジェスト解説の翻訳本で、私が期待した航海記ではなかった。

 きちんとした全訳を読まねばと思いつつ瞬く間に時は流れ、最近になって荒俣宏による新訳版(2013年刊行)が出ていると知って入手した。この大部な本を読もうとして、やはり『種の起源』を先に読んでおく方がいいと思った。

 ダーウィンが『種の起源』を出版したのは50歳(1859年)の時だ。ビーグル号による世界一周は22~27歳の5年間、『ビーグル号航海記』は30歳の時の本だ。『種の起源』の内容を知ったうえで『航海記』のなかにその萌芽を探すような読書が面白いと考えたのである。で、『種の起源』を読み終えてから、この『航海記』を読んだ。

 本書を読んで、まず感じたのは、これはいわゆる「航海記」ではなく「博物誌」に近いということだ。そもそも、世界一周5年間は長すぎる。ダーウィンは日本で言えば幕末の人で横井小楠と同い年(リンカーンとも同年)、緒方洪庵や佐久間象山と同世代で、ペリーよりは15歳若い。ビーグル号は帆船だが、世界一周だけなら5年はかからない。ビーグル号の任務は南米の測量・海図作成で、ダーウィンは艦長の話し相手の博物学者として自費で同乗したのである。

 というわけで、最初の4年近く、ビーグル号は南米の海岸を行ったり来たりしていて、その間、ダーウィンは南米の陸地のあちこちを探検旅行している。本書の大半はその報告である。動植物に関する記録も多いが、地形や地質、化石に関する考察・記録が多い。そもそも、この本の原題の邦訳は『海軍大佐フィッロイ艦長指揮、英国海軍軍艦ビーグル号による世界周航中に訪れた諸国の自然史ならびに地質学に関する調査紀要』であって、「航海記」ではない。と言っても「航海記」部分も十分に面白い。

 本書を読んで感嘆するのはダーウィンの該博な知識と広範な探究心・好奇心である。博物学者・古生物学者・地質学者・文化人類学者の目を兼ね備えている。標本を採集し、ときには解剖もする。サンゴ礁がなぜできるかについての自説を詳細に展開し、奴隷制への厳しい批判も述べている。

 で、ガラパゴスである。全21章の第17章が「ガラパゴス諸島」で、下巻の中盤あたりだ。その第17章にたどり着くのを楽しみに大部な本書を読み進めた。どの章も興味深いが、やはり「第17章 ガラパゴス諸島」が面白い。

 固有生物が多く生息し、各島によってそれが変化しているさまを目の当たりにしたダーウィンの高揚が伝わってくる。ダーウィンは次のように述べている。

 「地質学の年代でいえばつい最近まで、このあたりは青海原に覆われていたと信じたくなる。ということはつまり、時間と空間の両次元で、あの大いなる事実――神秘の中の神秘――つまり新しい生物がこの地上に出現する現場へと、われわれはいくらか接近した、ということになるのかもしれない。」

 「(…)以上のような事実を深く考えると、ついつい、自然の創造力といった言葉を使いたくなってしまう。この自然の創造力が、これだけ荒涼とした岩だらけの小島群に投下された作用の大きさには、まったく驚かされるものがある。」

 〈種の起源〉を探究する好奇心は20代の「航海」のなかに確かに息づいている。眼前の興味深い事象を観察しながら、悠久の時間を考察しているのだ。

 この大部な『ビーグル号航海記』を読み終えたとき、長年の宿題を果たしたと感じると同時に、ダーウィンの5年にわたる長旅につきあって、共に故国に帰航した気になった。感無量の気分である。


〔蛇足〕
 『ビーグル号航海記』を読んでいて、今回のウクライナ侵攻を想起するシーンに出くわした。ブラジルの将軍とインディオの戦闘に関して、インディオに同情的なダーウィンは、脱出に成功したインディオ父子の姿から「バイロンが描く英雄マゼッパ」を連想している。マゼッパは、つい最近読んだ『物語ウクライナの歴史』にも登場する17世紀のウクライナ独立闘争の英雄で、現在はウクライナの紙幣にもなっている。

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