「大学はジャングルだ」を誤解していた2021年12月03日

『京大というジャングルでゴリラ学者が考えたこと』(山極寿一/朝日新書/朝日新聞出版)
 京大の前総長、ゴリラ学者・山極寿一氏の新刊をタイトルに惹かれて読んだ。

 『京大というジャングルでゴリラ学者が考えたこと』(山極寿一/朝日新書/朝日新聞出版)

 大学をジャングルに見立てたタイトルで連想したのは、数年前に読んだ『最後の秘境 東京藝大:天才たちのカオスな日常』である。妻が藝大生の作家が、藝大という秘境に棲む怪人たちの生態をレポートした本だった。

 『京大という…』は、総長という立場から解放されたゴリラ学者が、大学という密林に生息する類人猿もどきの怪しい大学人たちの生態を冷徹な学者の目であばき出す本だろうと予想した。未知の世界を覗き見する野次馬気分で読み始めたが、予想とは違う内容だった。大学教育のあるべき姿を模索する真面目でまっとうな新書である。

 大学の事情や課題の提示がメインで、総長として体験した話に加えて研究者時代のフィールドワークの報告も盛り込まれている。総長時代の話も興味深いが、やはり研究者としての体験談の方が面白い。私は6年前に山極氏の 著書2冊を読んでいて、その研究概要の一端のサワリに触れたことはあったが、あらためて霊長類研究が人類の「教育」の考察につながることを知り、学問の深遠を認識した。

 「教育」とは人類独特のものらしい。ゴリラには1頭のオスと複数のメスからなる家族のような集団しかなく、チンパンジーには複数のオスとメスからなる共同体しかない。人間には家族があり、さらに複数の家族が集まった共同体がある。こんな二重構造の社会は人間にしかなく、そこには高い「共感能力」「同化意識」が必要であり、そんな「社会力」が人類進化の源泉だった。「教育」とは家族と共同体の二重構造の社会に生れた共感力の賜物なのである。なるほどと思った。

 大学をジャングルに見立てたのを、魑魅魍魎が生息する未開の暗闇のように思ったのは私の大きな誤解だった。ジャングルは多様な生物が共生する地であり、「大学はジャングルと同じように多様性と総合知によって成り立つコモンズ」という肯定的なたとえなのである。