『サピエンス全史』を読んで小松左京の『未来の思想』を想起2017年07月10日

『サピエンス全史:文明の構造と人類の幸福(上)(下)』(ユヴァル・ノア・ハラリ/柴田裕之訳/河出書房新社)
 ベストセラーと喧伝されている『サピエンス全史:文明の構造と人類の幸福(上)(下)』(ユヴァル・ノア・ハラリ/柴田裕之訳/河出書房新社)を読んだ。評判通りの面白い本だった。

 『サピエンス全史』という邦訳タイトルから人類史の概説書と思ったが、科学エッセイ風でとても読みやすい。冒頭に近い「不面目な秘密」という項では、かつてはホモ・サピエンスと時代を共にしていたホモ・サピエンス以外の「人類」(ネアンデルタール人など)がなぜ生き延びなかったを解説している。興味深い視点の考察で引き込まれる。本書にはこのようなツカミが随所にあり、読者を飽きさせない。

 本書は次の4部構成になっている。

   第1部 認知革命
   第2部 農業革命
   第3部 人類の統一
   第4部 科学革命
 
 つまり、歴史をマクロな視点で俯瞰しているのだ。地球上のあちこちで発生した様々な出来事や歴史的局面がすっきりと整理整頓統合されていて、普通の歴史書では得られない景色が見えてくる。数百万年という時間を見晴らしよく一望した気分になれるのは得難い体験だ。

 また、本書はわかりやすい「共同幻想論」でもある。ホモ・サピエンス進化の引金となった「認知革命」とは「共同幻想」の発生に他ならない。神話にはじまり、宗教、貨幣、国民、資本主義、共産主義、帝国などをすべて似たような概念(共同幻想)として記述しているのは、把握しやすい整理だと思う。

 「第2部 農業革命」の最初の章のタイトルは「農耕がもたらした繁栄と悲劇」で、狩猟採集から農耕への移行は人口拡大という繁栄をもたらしたが、個々の人々の生活は悪化したと述べている。多くの人々は狩猟採集の時代より不幸になったというのだ。意外な指摘だ。にわかには信じがたいが、著者の論述を読んでいると、そうだったのかなという気になってくる。

 著者がなぜそんな指摘をしたかは、終わり近くの「文明は人類を幸福にしたか」を読むと納得できる。ただし、この章の問題提起は回答のない課題に思われる。

 本書を読んでいてジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』を連想した。だが、読み終える頃には、むしろ小松左京の『未来の思想:文明の進化と人類』(中公新書)が想起された。

 半世紀前に読んだ『未来の思想』の内容を憶えているわけではない。ただ、「汝ら何ものか? いずこより来たりしか? いずこへ行くか?」というエピグラフは記憶に刻まれている(ゴーギャンの絵を知ったのは後日だ)。そして、人類の文明史全般をコンパクトに要領よくまとめ、その未来像を情報化革命を踏まえて模索するマクロ思考に感心した印象は残っている。『サピエンス全史』の読後感は半世紀前に『未来の思想』に抱いた感慨に似ている。