「超常現象」を扱った2冊で頭が痛くなった2014年09月01日

『「超常現象」を本気で科学する』(石川幹人/新潮新書)、『超常現象:科学者たちの挑戦』([NHK取材班]梅原勇樹・苅田章/NHK出版)
 私は超能力や超常現象を信じていない懐疑論者である。この世の自然現象はすべからく、いつかは自然科学で合理的に説明可能になるだろうと考えている。だから、超能力や超常現象を科学的視点で解説した本が好きである。

 しかし、次の2冊には少々悩まされ、すっきりしないものが残った。

(1)『「超常現象」を本気で科学する』(石川幹人/新潮新書)
(2)『超常現象:科学者たちの挑戦』([NHK取材班]梅原勇樹・苅田章/NHK出版)

 この2冊、書店で並んで平積みになっていた。(1)は学者(認知情報論・科学基礎論)が書いたもので、(2)はNHKスペシャルで放映したテレビ番組の内容をディレクターがまとめたものだ。このテレビ番組は(1)の著者・石川幹人氏の協力を得ているということもあり、2冊のトーンは似ている。

 私はNHKスペシャル「超常現象・科学者たちの挑戦」を見ていない。友人から「まだ科学では説明できない超常現象があるという内容だった」と聞いたことがあり、気になっていたので、書店で本書を見つけてすぐに手が伸びた。

 (2)を読んで番組内容は把握できたが、書き手のディレクターの情緒が入りすぎた物語仕立てに少々うんざりした。テレビ番組の演出をそのまま書籍にしたのかもしれないが、こんなに情緒的で本当に科学的検証ができるのかと懐疑的になり、その冗長さに受信料の無駄遣いではとも思いたくなった。とは言っても、取材班が世界中から集めてきた超常現象の研究現場のレポートは興味深い。

 (1)の著者・石川幹人氏は大学で学生にオカルトやエセ科学の危険性を説く「科学リテラシー」も教えている学者で、本書の大半は説得的で納得できる。

 超常現象と言われているものの大半はトリックか脳内現象(錯覚)だろうと私は考えている。多くの心理学者、精神科医、マジシャンたちがそのような見解の本を書いている(『超常現象の科学』(リチャード・ワイズマン/文藝春秋)、『怪談の科学』(中村希明/ブルーバックス)、『超能力のトリック』(松田道弘/講談社現代新書)、『超常現象の心理学』(菊池聡/平凡社新書)などなど)。

 まだ解明できていない超常現象があるとしても、脳科学や心理学の発展を待てば遅からず説明可能になるだろうと、私は楽観的に考えていた。

 しかし、(1)と(2)を読むと、そう楽観的ではないという気がしてきた。
 
 石川幹人氏は超心理学の研究者でもある。超心理学という言葉に久々に出会った気がする。テレパシーや透視や予知などを実験で確かめる超心理学の研究は今も続けられているそうだ。(1)の序章に書かれている次の文章には少し驚いた。

 「超心理学は長年の研究によって、小さな効果ではありますが、超能力とみられるいくつかの現象を実験的に確認しているのです。」

 この「小さな効果」は実用には供さないものだそうだが、そのメカニズムはわかっていない。石川氏は、超能力を解明するには「無意識」の研究が重要だとしている。そして、ユングの提唱したシンクロニシティ(意味ある偶然の一致、共時性)や集合的無意識の可能性を示唆している。「無意識」の重要性は理解できるが、サイエンスとしてユング心理学をとらえるとなると、少し頭が痛くなってくる。

 精神現象と自然現象を包括的に科学するのは、なまやさしいことではない。物理学と生物学と心理学と哲学と文学を同じ地平で統一的に理解することは、私には不可能である。超心理学研究の先に思いがけない深淵を垣間見たような気がする。

 (2)の最終章のタイトルは「すべての鍵は、人の“意識”」となっているが、こちらにはユングや無意識は登場しない。そのかわりに量子論が出てくる。

 (2)で最も驚かされたのは、多くの人々が高揚すると乱数発生機に偏りが生ずるという信じがたい実験結果だ。本当の乱数を発生させるのは容易ではない。実験に使った乱数発生機は、量子のトンネル効果を利用しているそうで、原理的には偏りようがなさそうに思える。本書では、人間の意識が「量子のもつれ」と呼ばれる現象を引きおこすのでは、という仮説を提示している。驚くべきことだ。

 人の意識がモノに対して物理的影響を及ぼすなどと聞くと、まさにオカルトの世界であり、とても信用する気になれない。しかし、量子レベルの話だとすれば、あり得そうな気もしてくる。量子物理学の難しさによる思考停止かもしれないが、そこに未知の領域がありそうにも思えるのだ。超常現象の研究をつきつめると、ここでもやっかいな深淵に遭遇してしまう。

 世の中が謎に満ちていることに不都合はない。謎を謎として理解できれば、それでいい。しかし、自分の頭で把握しきれない謎を抱え込むのは、しんどいことである。超常現象を扱った2冊にそんなザラついた読後感をもった。