『安部公房伝』『運動体・安部公房』で青春紀行気分になった2011年04月11日

『安部公房伝』(安部ねり/新潮社/2011.3.30)、『運動体・安部公房』(鳥羽耕史/一葉社/2007.5.30)
 安部公房の一人娘・安部ねり(産婦人科医)が『安部公房伝』(新潮社)を出版した。彼女は「安部公房全集(全30巻)」の編集にも携わっている。エッセイを書く作家の娘は多いが、父親の作品を読み込んで全集の編纂に取り組む娘は珍しい。他に適任の研究者がいなかったとすれば、この作家の孤立を感じる。

 安部ねりは『安部公房伝』末尾の「おわりに―現代的反教養主義の展開」で、3.11の東日本大震災に言及している。これには少し驚いた。本書の発行日は2011年3月30日。これは奥付の日付で、その日以前に配布可能になっていたはずなので、ぎりぎりで突っ込んだようだ。

 学生時代、私は安部公房ファンだった。年を取って多少の経済的余裕もできたので「安部公房全集(全30巻。各巻5700円)」も購入した。パラパラと拾い読みするだけで、全巻読破する気力はない。『安部公房伝』は「安部公房全集」の月報に連載したインタビューと最終巻に載った伝記をベースにしており、全集の別巻のような趣の本だった。

 この伝記は、娘の眼から見た「父親・安部公房」の姿を描くだけでなく、「作家・安部公房」の思想も探ろうとしている。このような娘をもった作家は幸せと言うべきだろう。

 著者は基本的には父親を尊敬しており、父親の仕事がより評価されるように、との想いで本書を執筆したと思われる。しかし、読んでいて面白いのは、娘特有の父親への辛辣さが出ている部分だ。例えば次のような箇所だ。

 〔安部公房は周りからは、理科系であるということになっていた。私は、本当に何も知らない人たちに自慢話をしていると思っていた。〕

 〔(動物行動学のローレンツに関連して)〔父には本に書かれている理論を読みとる力がなくて、自分の読みたいように読んでいるのだと、私は思った。〕

 〔「非科学的な」父に、スティーブヴン・ジェイ・グールドの『ダーウィン以来』を薦めた。プライドの高い父の顔はみるみる赤くなって、どもりながら『クレオール入門』を薦め返してきた。〕

 〔『クレオール入門』は恐ろしくつまらなかった。観念的な言葉がそこらじゅうで変型し、無構造にからまりあっていた。父の頭の中は、こんなに緩いんだと思った。〕

 母親(安部真知:美術家。安部公房作品の挿絵・装丁や舞台美術なども手掛けた)への言及もあり、こちらも辛辣だ。微妙な母娘関係が垣間見えたりする。

 晩年、安部夫妻は「もはや一緒にいることが不可能な様子」になり、安部公房は箱根の山荘で一人暮らしをするようになる。その山荘生活を娘は「男の子らしい生活を満喫した」と描写している。娘ならではの愛情表現だ。

 『安部公房伝』は、当然のことながら「娘の視点」でしか書き得ない内容になっていて、それが面白い。安部公房は身辺雑記などを残さなかった作家なので、こういう本は貴重だ。「父親とは何者だったのだろうか」を探る娘の旅に同行した気分になる。

 本書の読了をきっかけに、続いて『運動体・安部公房』(鳥羽耕史/一葉社/2007.5.30)も読んだ。数年前に入手して「積ん読」のままだったが、読み始めると面白く、一気に読了した。大学教員である著者が研究論文をベースにまとめたもので、非常に刺激的な内容だった。

 私たち団塊世代にとって安部公房は人気作家の一人だった。『砂の女』『他人の顔』『燃えつきた地図』『箱男』などを代表作とする先端的現代作家というイメージが強く、政治的な作家というイメージは薄い。しかし、彼がかつて日本共産党員であり、1961年に除名されたことはよく知られている(入党は1951年、27歳のとき)。戦後の一時期は、程度の多少はあれ、多くの知識人が社会主義・共産主義に惹かれていた。そんな時代ではあったが、安部公房はかなり積極的な活動家だった。

 また、安部公房の年譜を見ると、若い頃にやたらと「ナントカの会」「カントカの会」などいろいろな会に参加(あるいは結成)していることが目につく。

 『運動体・安部公房』は、安部公房が熱心に芸術運動や政治運動に携わっていた青春時代に焦点を当てている。そして、多くの資料を渉猟したうえで、安部公房という作家がどのように形成されてきたかを分析している。これは労作である。1968年生まれの著者が、よく調べたものだと感心した。

 本書の分析対象の期間は、安部公房のデビュー(1948年)から『砂の女』(1962年)まで、つまりは作家の20代から30代である。この期間内にあたる1957年11月、安部公房は自分のことを次のように書いている。

 「私自身、実存主義から、シュール・リアリズムそれからさらにコミュニズムと、思想的にも方法のうえでも大きく三転した。」

 昔、この文章を読んだとき、私は「人間がそんなに簡単に変われるのだろうか」という疑問を抱いたことがある。

 また、この時期に書かれたあまりに露骨なプロパガンダ戯曲(『石の語る日』など)を読んで、何と能天気な、と鼻白んだこともある。

 『運動体・安部公房』を読み進めるうちに、かつて私が抱いた上記のような違和感が氷解していく感覚を得た。鳥羽氏は「運動体」という概念で、この時期の安部公房の活動をとらえ、多様なジャンルのいろいろな人々を巻き込んだ「芸術運動」の力学が安部公房の作品を生み出したと見ている。スリリングな弁証法の世界だ。

  安部公房らの「総合芸術運動」は政治と芸術の両方を甘く見すぎて何の成果をあげなかったという見方(百目鬼恭三郎)があるが、実はその成果は「安部公房という作家」だったのだ。目から鱗である。

 そして最終章では、運動体が運動を停止し、運動体・安部公房の終着駅として傑作『砂の女』が生まれた、としている。『砂の女』を「日本共産党への訣別宣言」「砂の穴の外側の政治状況にはもうコミットしないという安部の決意表明」とみなす読み解きは推理小説のように鮮やかだ。

 『運動体・安部公房』が扱っている時代は、『安部公房伝』の著者・安部ねりの幼少時代だから、娘のリアルタイムの見聞録を期待するのは難しい。安部ねりは、父からの伝聞で、この頃のことを次のように書いている。

 〔公房は党の方針を転換させる自信があった。しかし、政治的には、現実的ではない夢を持っていたらしく、後になって党員であったことを「熱病のようなものだった」と語っている。〕

 「熱病」とは、大作家にしては陳腐な表現をしたものだ。おそらく、その「熱病」の時代の本質と内実をナマイキな娘に語り得る言葉を作家は持つことができなかったのだろう。それほどにウエイトのある時代だったとも言える。

 『安部公房伝』では、キャンプファイヤーに関する面白い逸話が語られている。娘は父との会話から、父はキャンプファイヤーのようなものが嫌いなタイプだと思っていたそうだ。ところが、父が学生時代、キャンプファイヤーの真ん中で大声で歌っていたことを知り、娘は自分が勘違いしていたと気付く。作家は娘に見抜かれたのである。

 私はこの逸話に『安部公房伝』と『運動体・安部公房』の接点を感じた。この二つの本によって、作家の青春時代、日本が若くて貧しかかった時代、私自身の学生時代などが重なりあった青春紀行をしたような気分である。

 なお、蛇足ではあるが、私は先月、チェコやハンガリーの観光旅行をした。その出発前に、安部公房の『東欧を行く:ハンガリア問題の背景』を全集本で読んだ。ハンガリー動乱直後の1957年2月に出版された著作だ。当時の左翼系知識人の紀行文だから、その見解にはかなりの違和感を抱くだろうとの予測のもとに読んだ。その予測は半分ははずれ半分は当たった。『安部公房伝』にも『運動体・安部公房』にも『東欧を行く』への言及があり、この本は安部公房の転機を示すかなり重要な著作だと知った。後世から見て、何ということもないと思われる指摘も、同時代においては刺激的だったようだ。私自身の読みの甘さと迂闊を思い知らされた。

コメント

_ 豹悟郎 ― 2011年08月08日 18時35分

はじめまして。安部公房の小説が好きな者です。とはいっても全集は持っていません。全作品だけです。『運動体・安部公房』に至ってはその存在すら知りませんでした。安部公房の本格的な評伝も読んだことがなく、これから宮西忠正(安部公房全集の編集者)さんの本を読もうとしているところです。

こんな私ですので上の記事は引用も豊富でとてもありがたく拝読しました。
ただ、『運動体・安部公房』の砂の女についての結論は少し納得がいかないというか、ある補助線的な前置きがないとメタファーがおかしくなってしまうのではという気がしました。それが書中にあるのかどうか確かめたくなりました。

つまり、砂の穴とそれ以外の広大な世界を比べたとき、素直に考えれば日本共産党の隠喩は穴の方ではないかということです。わたしは安部公房をパラドックスの作家ととらえていますので、現実と小説世界の反転およびそこに潜む戦争体験と自己同一性の問題がどう関わっているのかという観点が書中にあるかどうか気になるところです。

安部公房の研究者が少ないのが本当だとしたら、それはねりさん始め関係者の方々が存命中なのでやりにくいからではないでしょうか。特に政治問題を敬遠したら安部公房全体を語ることはできないので時期尚早ということなんだと邪推します。大江健三郎についても同じことが言えそうです。

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
ウサギとカメ、勝ったのどっち?

コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://dark.asablo.jp/blog/2011/04/11/5801119/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。