『古事記』は奔放な昔話 ― 2026年09月02日
角川ソフィア文庫の『古事記』を読んだ。
『新版 古事記:現代語訳付き』(中村啓信・訳注/角川ソフィア文庫)
『古事記』は、子供時代にジュニア版を読んだ気がするが、大学時代(半世紀以上昔)に読みかけた岩波文庫版は途中で投げた。
そのうち読もうと思いつつ先伸ばしにしていた『古事記』を読む気になったのは、来週『朗読劇 古事記(白石加代子・風間杜夫)』を観劇予定だからだ。正確には、この朗読劇のチケットを購入した動機が、これを機に『古事記』を読むことだった。何らかのきっかけがなければ古典に手が伸びない。
日本最古の書物『古事記』の成立は奈良時代初めの715年、上中下の3巻にわかれている。天地創造から推古天皇までを書いた神話を含む歴史書と言われる。
古い岩波文庫版は本棚に見つからず、角川ソフィア文庫版を購入した。この文庫は、原文(漢文)と「漢文の読み下し」に加えて「現代語訳」も収録している。冒頭の「読み下し」部分に訳注が付いている。ページの下部が訳注欄なので、訳注を参照するときページをめくる手間がない。
まずは「現代語訳」で読み始めたが、わかりにくい言葉は訳注を参照したくなり、そのたびに「読み下し」に飛ぶのがわずらわしい。途中から、「訳注」を参照しながら「読み下し」を読み進め、わかりにくい部分は「現代語訳」を参照する読み方になった。
『古事記』を読了しての感想は「なんじゃ、これは」だ。昔の出来事の記録だろうが、歴史書とは言い難い。神話+昔話で、別世界譚の趣が強い。登場人物たちの奔放な行動に唖然とする。現代の感覚からズレているのは当然だが、神々も天皇たちも、美女には次々と手を出し、醜女は容赦なく追放する。あっさりと人を殺す場面も多い。おおらかに大便・尿・女陰なども頻出する。神話研究の材料としては興味深かろうと推測する。
天皇の系図説明のような退屈な部分は仕方ないとしても、意味不明の話も多い。物語として面白いのは、やはり一般によく知られている話である。イザナギ、イザナミの話、天照大御神とスサノウ、ヤマタの大蛇、海彦山彦、因幡の白ウサギと大国主命、ヤマトタケルの冒険などだ。登場人物たちは善玉悪玉を超えた奇妙なキャラが多い。出雲の国譲り至るためだろうが、大国主命のイメージも分裂している。
神と人間の関係があいまいで、おびただしい数の神が登場するのにも驚いた。天孫降臨だから天皇の先祖は神であり、天皇自身が神に見えるのはいいとしても、有力豪族たちの先祖もまた神である。八百万の神とはよく言ったもので、あらゆる所に安易に神が現れる。
終盤の雄略天皇のくだりに興味深いエピソードが二つあった。
天皇が行列で葛城山を登っていると、向かいの尾根を同じような行列が登っている。この国に自分以外の王はいないはずだと訝って声をかけると、相手も同じように声をかけてくる。自身の複製が出現する超現実譚の面白さを予感したが、期待はずれだった。相手が「葛城之一言主之大神である」と名乗ると、天皇は「大神が人の姿をしておいでなので気づきませんでした」と引き下がる。天皇は神ではなかったのかと思いつつ、天皇より上位の神がいろいろ存在することを認識した。
もう一つは赤猪子の話である。天皇は出かけた先で非常に美しい乙女の出会う。名を赤猪子と言う。「おまえは結婚するな。ほどなく宮廷に召しいれる」と言って帰る。赤猪子は天皇からのお召しを待ち続け、何と80年が経過する。80年待ったすえに天皇に会いに行く。天皇は忘れていて「おまえはどこの婆さんか」と言うが、やがて思い出す。なぜか80年経っても天皇は若いままだが、相手が老いていてもはや結婚できないことを哀れむ――というヒドイ話である。
雄略天皇は『古事記』によれば124歳で亡くなっている。この天皇は、存在が確認できる最古の天皇とも言われ、『日本書紀』では479年に62歳で没したとされている。
『新版 古事記:現代語訳付き』(中村啓信・訳注/角川ソフィア文庫)
『古事記』は、子供時代にジュニア版を読んだ気がするが、大学時代(半世紀以上昔)に読みかけた岩波文庫版は途中で投げた。
そのうち読もうと思いつつ先伸ばしにしていた『古事記』を読む気になったのは、来週『朗読劇 古事記(白石加代子・風間杜夫)』を観劇予定だからだ。正確には、この朗読劇のチケットを購入した動機が、これを機に『古事記』を読むことだった。何らかのきっかけがなければ古典に手が伸びない。
日本最古の書物『古事記』の成立は奈良時代初めの715年、上中下の3巻にわかれている。天地創造から推古天皇までを書いた神話を含む歴史書と言われる。
古い岩波文庫版は本棚に見つからず、角川ソフィア文庫版を購入した。この文庫は、原文(漢文)と「漢文の読み下し」に加えて「現代語訳」も収録している。冒頭の「読み下し」部分に訳注が付いている。ページの下部が訳注欄なので、訳注を参照するときページをめくる手間がない。
まずは「現代語訳」で読み始めたが、わかりにくい言葉は訳注を参照したくなり、そのたびに「読み下し」に飛ぶのがわずらわしい。途中から、「訳注」を参照しながら「読み下し」を読み進め、わかりにくい部分は「現代語訳」を参照する読み方になった。
『古事記』を読了しての感想は「なんじゃ、これは」だ。昔の出来事の記録だろうが、歴史書とは言い難い。神話+昔話で、別世界譚の趣が強い。登場人物たちの奔放な行動に唖然とする。現代の感覚からズレているのは当然だが、神々も天皇たちも、美女には次々と手を出し、醜女は容赦なく追放する。あっさりと人を殺す場面も多い。おおらかに大便・尿・女陰なども頻出する。神話研究の材料としては興味深かろうと推測する。
天皇の系図説明のような退屈な部分は仕方ないとしても、意味不明の話も多い。物語として面白いのは、やはり一般によく知られている話である。イザナギ、イザナミの話、天照大御神とスサノウ、ヤマタの大蛇、海彦山彦、因幡の白ウサギと大国主命、ヤマトタケルの冒険などだ。登場人物たちは善玉悪玉を超えた奇妙なキャラが多い。出雲の国譲り至るためだろうが、大国主命のイメージも分裂している。
神と人間の関係があいまいで、おびただしい数の神が登場するのにも驚いた。天孫降臨だから天皇の先祖は神であり、天皇自身が神に見えるのはいいとしても、有力豪族たちの先祖もまた神である。八百万の神とはよく言ったもので、あらゆる所に安易に神が現れる。
終盤の雄略天皇のくだりに興味深いエピソードが二つあった。
天皇が行列で葛城山を登っていると、向かいの尾根を同じような行列が登っている。この国に自分以外の王はいないはずだと訝って声をかけると、相手も同じように声をかけてくる。自身の複製が出現する超現実譚の面白さを予感したが、期待はずれだった。相手が「葛城之一言主之大神である」と名乗ると、天皇は「大神が人の姿をしておいでなので気づきませんでした」と引き下がる。天皇は神ではなかったのかと思いつつ、天皇より上位の神がいろいろ存在することを認識した。
もう一つは赤猪子の話である。天皇は出かけた先で非常に美しい乙女の出会う。名を赤猪子と言う。「おまえは結婚するな。ほどなく宮廷に召しいれる」と言って帰る。赤猪子は天皇からのお召しを待ち続け、何と80年が経過する。80年待ったすえに天皇に会いに行く。天皇は忘れていて「おまえはどこの婆さんか」と言うが、やがて思い出す。なぜか80年経っても天皇は若いままだが、相手が老いていてもはや結婚できないことを哀れむ――というヒドイ話である。
雄略天皇は『古事記』によれば124歳で亡くなっている。この天皇は、存在が確認できる最古の天皇とも言われ、『日本書紀』では479年に62歳で没したとされている。

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