戦争を終わらせられるかを問う『失敗の研究―ノモンハン1939』2024年09月23日

 紀伊国屋サザンシアターで青年劇場公演『失敗の研究―ノモンハン1939』(作:古川健康、演出:鵜山仁、出演:岡本有紀、矢野貴大、他)を観た。この劇団の芝居を観るのは『豚と真珠湾―幻の八重山共和国』以来2年ぶりだ。出版社の編集部が主な舞台の真面目なストレートプレイである。このテの芝居を観ると胸のあたりがこそばゆくなる。だが、退屈することなく面白く観劇した。

 時代は1970年。出版社の経理部から編集部に抜擢された女性編集者・沢田利枝が、1936年の「ノモンハン事件」を取材する話である。ノモンハンの企画は大物小説家・馬場貫太郎の発案によるもので、利枝はその取材を手伝う。だが、馬場は取材途中で執筆を断念する。それでも利枝は取材を続けるのだが……という展開である。プロローグとエピローグに、ノンフィクション作家になった現在(2024年)の利枝が登場する。

 ――そんな粗筋からは、中央公論社の経理部から編集部に異動になり、その後ノンフィクション作家に転身した澤地久枝や、ノモンハン小説を構想しながらも断念した司馬遼太郎を連想せざるを得ない。しかし、内幕モノの伝記芝居ではない。作者は、実在の人物をヒントに、ノモンハンを材料にして「どのようにして戦争が起きたのか」「どうしたら戦争を終わらせることができるのか」を追究している。戦争に関するメッセージ性の高い芝居である。

 1970年を舞台にしたこの芝居には、当時の内外のフォークソングが流れる。団塊世代の私にとっては懐かしい曲ばかりだ。編集者たちの会話も当時の世相を反映している。だが、そんなフォークソングや会話に、あの頃の若者だった私はかすかな違和感を抱いた。安易な類型で処理されているように感じる。時代を深く適格に表現するのは容易でないとは思うが。

 ノモンハン事件について、私は3年前に読んだ『ノモンハンの夏』(半藤一利)で知っているだけだ。その記憶も薄れかけている。この芝居は「ノモンハン事件」の概説でもあり、この悲惨な「戦争」をあらためて想起できた。あの「戦争」の「失敗の研究」が成されていれば、真珠湾を避けられただろうか。まったくわからない。

 「20世紀は戦争の世紀」と言われる。「21世紀も戦争の世紀になるのだろうか」というこの芝居のメッセージには慄然とした。

『砂糖の世界史』で蒙を啓かれた2024年09月27日

『砂糖の世界史』(川北稔/岩波ジュニア新書)
 次の岩波ジュニア新書を読んだ。

 『砂糖の世界史』(川北稔/岩波ジュニア新書)

 発行は28年前の1996年7月。私が読んだのは2023年4月の44刷だ。ロングセラーである。蒙を啓かれる面白い本だった。

 今年の春、Eテレで放映した『3か月でマスターする世界史』の講師・岡本隆司氏の『世界史序説』で本書を知った。岡本氏は本書を、ウォーラーステインの世界システム論を祖述・発展させた不滅の業績と評価し、次のように紹介している。

 「『砂糖の世界史』が描くところは、世界最高水準の世界経済史像であって、それが高校生にでもわかる平易な日本語で読めるのは、後学の至福だといってよい。」

 こんな紹介を読めば、読まねばならない気分になる。

 砂糖をめぐる世界史は、植民地の大規模農園プランテーション発生の歴史であり、奴隷制度の歴史であり、大西洋での三角貿易の歴史であり、産業革命の歴史である。「砂糖のあるところに奴隷あり」という言葉を初めて知った。製糖業の発展が奴隷制度と表裏一体だったと知り、認識を新たにした。

 また、イギリスにおける紅茶の普及と砂糖が密接に関係し、それが産業革命に絡んでいることも知った。2年前に入手した高校世界史の図解副読本『最新世界史図説 タペストリー』巻頭の「読み解き演習」に「イギリスにおける紅茶の普及」という見開きページがあったのを思い出した。貴族が紅茶を飲む18世紀前半の絵画と労働者が紅茶を飲む19世紀後半の絵画を比較・考察するページだった。本書によって、あの考察への理解が深まった。

 『最新世界史図説 タペストリー』をよく見ると、監修者の一人は『砂糖の世界史』の著者・川北稔氏だ。川北氏はウォーラーステインの大著『近代世界システム』の翻訳者でもある。私はこの大著に挑む元気はないが、世界史システム論の考え方の一端に触れることができた。

 著者は「あとがき」で「この本は「世界システム」論といわれる歴史の見方と、歴史人類学の方法を使って書いてみました」と述べている。歴史人類学とは、モノや慣習などを通じて歴史上の人々の生活の実態を調べる学問だそうだ。確かに、砂糖などのモノに着目すれば、歴史の実態に触れたような気分になる。

 本書は日本における砂糖の歴史にも言及している。私は10年前にサイパン旅行をしたとき、サイパンの歴史を少し調べた。そのとき、海の満鉄と呼ばれた南洋興発という会社を知った。製糖業で発展した会社である。本書を読みながら南洋興発への言及があるかと期待したが、そこまで筆は及んでなかった。

調布市仙川に住んでいた安部公房を偲ぶイベント2024年09月29日

 調布市文化会館で『仙川 安部公房生誕100年祭:調布に住んだ文豪』というイベントがあった。入場無料だ。往年の安部公房ファンで調布市在住の私としては行かないわけにはいかない。

 午後2時から8時までの長丁場で、以下の内容である。

 映画『砂の女』上演
 映画『おとし穴』上演
 生誕100年記念鼎談「俳優座、仙川と安部公房・真知夫妻」
  登壇者:川口敦子(俳優座・俳優)、鳥羽耕史(早稲田大学教授)、山口三詠子(「アジィ」経営)

 勅使河原宏監督の映画2本はいずれも観たことがあるが、この機会に大画面で観ようと思った。

 カンヌ国際映画祭審査員特別賞受賞の映画『砂の女』(1964年公開)を観たのは、高校生の時だった。1965年頃だと思う。三島由紀夫の『憂国』と2本立だった。原作の小説を読んだのは映画を観た後だ。十年以上前にCATVでも観ている。

 今回、久々に『砂の女』を観て、あたりまえでバカみたいだが岡田英次も岸田今日子も若いなあと感じた。当方が齢を重ねただけだ。砂の表現の迫力にもあらためて驚き、しばしば挿入される技巧的・芸術的な画面に感心した。この映画を観るのは久しぶりだが、数年前に舞台で『砂女』『砂の女』を観ている。舞台にも映画にもそれぞれの魅力がある。最も原作小説に近いのはやはり映画だと思う。この映画はたしかに名作だと再認識した。

 1962年公開の『おとし穴』は、かなり昔にCATVで観た。三井三池炭鉱争議を題材にしたプロパガンダ的映画で、死者が次々に幽霊となって登場するのがミソである。歴史的な意義は多少はあるかもしれないが、図式的にすぎてシラける映画だ。炭鉱住宅の雰囲気は印象深い。

 映画上演後の鼎談は、安部公房が暮らした地元・仙川をアピールする楽しいトークだった。『安部公房:消しゴムで書く』を上梓し、いまや安部公房研究の第一人者の鳥羽耕史は聞き手である。

 俳優座の川口敦子氏(1933年生まれ)は、『幽霊はここにいる』にセクシーなファッションモデル役で登場した女優で、仙川周辺在住である。安部真知と晩年まで親交があったそうだ。

 山口三詠子氏は仙川のブティックの経営者で、安部真知との親交があり、仙川の安部公房邸でのパーティにも参加していたそうだ。

 鼎談は桐朋学園や安部真知をめぐる思い出話が中心だった。2014年に取り壊された仙川の安部公房邸がしばしば話題にのぼり、会場の画面にその映像も投影された。

 仙川の安部公房邸は、わが家から徒歩20分ぐらいの場所にあった。2011年(13年前だ)、私はふと思い立って安部公房邸を探索し、それらしい家を見つけて撮影した(掲示写真)。人の住んでいる気配はなかった。それから数年後、ふたたび安部公房邸の探索を試みたが、すでに別の住宅になっていた。

 今回の鼎談で安部公房邸に話が及んだとき、司会の鳥羽氏が聴衆に対して「安部公房の家を見たことがある人は?」と尋ねた。かなりの人が挙手した。私も挙手した。今回のイベントは、安部公房が調布市仙川に在住していたことを再確認する場のようでもあった。それは意味あることだと思う。

 鼎談の最後に女優の川口氏が司会の鳥羽氏の著書『安部公房:消しゴムで書く』について、「何故こんなに詳しいのと驚きました。俳優座のことも詳しく書いています」と称賛した。鳥羽氏は「ストーカー的な本で…」と照れていた。私も、あの本の詳しさに驚いた一人である。