合理精神で神話を歴史小説に転換した『新トロイア物語』2023年07月29日

『新トロイア物語』(阿刀田高/講談社文庫)
 『古代への情熱』読了を機に、いずれ読もうと積んでいた小説を読んだ。以前、『ギリシア神話を知っていますか』(阿刀田高)を読んだ頃から気になっていた小説だ。

 『新トロイア物語』(阿刀田高/講談社文庫)

 読みやすくて面白い。文庫本670頁の長さを感じさせない。作者は「あとがき」の冒頭で次のように述べている。

 「初めに三つの叙事詩があった。ホメロスの〈イリアス〉〈オデュッセイア〉そしてヴェルギリウスの〈アエネイス〉である。私の〈新トロイア物語〉は、これ等三つの叙事詩に描かれている伝説的な事象が、現代人の常識に適うものかどうか、その吟味から始まった。」

 私はこれらの古典を読んでいない。『イリアス』『オデュッセイア』は短いジュニア版を子供の頃に読んだ気はする。ローマ建国伝説以前の〈神話〉を描いた『アエネイス』は概略を知っているだけだ。そんな私が語るのはおこがましいが、これらの叙事詩が現代人の常識に適うとは思えない。

 『イリアス』『オデュッセイア』『アエネイス』は伝説と言うよりは神話である。神々と人間が織りなす異世界譚に近い。そんな物語にシュリ―マンのように十全のリアルを感じるのは容易でない。

 と言っても神話や伝説は、それを語り伝えた人々の何らかの現実を反映している。『新トロイア物語』は、神話の元になったリアルを探り、神話を素材に紀元前13世紀を舞台の歴史小説を紡ぎ出している。現代人が納得できる仕上がりに感服した。

 この歴史小説は武将アイネイアスの一代記である。この人物の母は「愛と美の女神アフロディテ=ヴィーナス」とされている。小説ではそのカラクリを、儀式による共同幻想の形成、本音とタテマエの使い分け、といった視点で描いている。荒唐無稽な神話を合理精神が受容できる物語に再構築しているのだ。

 本書には、神話学・考古学・歴史学エッセイの要素もあり、その部分も楽しめた。だが、鐙(あぶみ)に関する次の記述が気になった。

 「後代にこの戦争を歌ったホメロスも“馬を馴らすトロイア人”と伝えている。鞍も鐙も実用に達していた。」

 鐙が使われ始めたのは4世紀頃と聞いたことがある。紀元前13世紀のトロイアの時代に、本当に鐙が使われたのだろうか。

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