複雑であることを再認識させられる『バルカンの歴史』2023年06月10日

『図説バルカンの歴史』(柴宜弘/ふくろうの本/河出書房新社)
 昨年夏からビザンツ史の本を断続的に何冊か読んできた。多少はビザンツ史が身近になった。先日読んだ『ペルシア帝国』はビザンツから見て東方だったので、今度は西方の『バルカンの歴史』を読んだ。ビザンツは東方にも西方にも悩まされていたのだ。

 『図説バルカンの歴史』(柴宜弘/ふくろうの本/河出書房新社)

 河出の「ふくろうの本」は写真や図版をほぼ全ページに配した親しみやすい本だ。本書を読む気になったのは短時間で読めると思ったからである。

 本書を読了し、何とゴチャゴチャ複雑な歴史だとため息が出た。あらためて複雑さの淵源と複雑度が増大している現状を知った。頭の中はゴチャゴチャのままで、「複雑だ」ということだけを了解した感じだ。

 古代から中世にかけてのブルガリアやハンガリーの状況を知りたい――それが、本書を読むそもそもの動機だった。第一次ブルガリア帝国(681-1018)や第ニ次ブルガリア帝国(1187-1396)の様子はある程度わかったが、ハンガリーについて本書は簡単にしか触れていない。

 著者は、バルカンの範囲について次のように述べている。

 「バルカンをたんなる地理的範囲と捉えるのではなく、歴史的なものとして考える。つまり、歴史的にビザンツ帝国とオスマン帝国の影響を強く受けた地域と規定しておきたい。したがって、オスマン帝国の支配を一時的にしか受けなかったハンガリーについては除外されるが、ルーマニアは含まれる。旧ユーゴスラヴィアから独立したスロヴェニアも原則として除かれることになる。」

 地域の歴史を捉えるうえでの明解な考え方だ。この考え方だけでも、多少はゴチャゴチャが整理できる。この地域の歴史は、周辺の勢力とのせめぎあいだ。ビザンツ帝国やオスマン帝国だけでなく、ハプスブルク帝国やロシアの影響も大きい。隣接していないドイツ、フランス、英国なども影響を及ぼしている。

 本書は全体の半分以上が19世紀以降、つまり近現代史である。古代や中世への関心から本書を手した私の期待とは少しズレている。だが、満足できる内容だった。きちんと把握できていなかった近現代のバルカンの状況を多少はイメージできた。

 近代以降のバルカン史は「民族意識」がどうに作られてきたかの歴史である。さまざまな民族意識をもつ人々が地理的に棲み分けずに混在している――それがバルカンの問題である。民族意識の形成が人々を不幸にしているようにも思えてしまう。

 ナショナリズムとは「想像の共同体」の産物であり、民族意識の形成に利用・活用されるのが歴史である。だから、バルカンの近代を捉えるには古代や中世の歴史を知らなければならない。

 民族意識はいつかは克服すべきものだと思う。と言っても、人間の集団である社会の維持に何等かの「想像の共同体」は必須にも思える。バルカンのゴチャゴチャは、この地域の特殊性というよりは、集団で行動する人間が抱える普遍的課題に思えてきた。

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