医学者が書いた『皮膚、人間のすべてを語る』は広範な考察の書2022年07月18日

『皮膚、人間のすべてを語る:万能の臓器と巡る10章』(モンティ・ライアン/塩崎香織訳/みすず書房)
 約1カ月前(2022年6月19日)の朝日新聞と日経新聞の書評欄が同じ本を取り上げていて、面白そうな本だと興味を抱いた。次の本である。

『皮膚、人間のすべてを語る:万能の臓器と巡る10章』(モンティ・ライアン/塩崎香織訳/みすず書房)

 皮膚を研究する医学者が「皮膚とは何か」を多面的に全10章で解説・考察している。冒頭は皮膚に関する医学的・生物学的な話である。やがて脳科学がからんでくる。さらには心理学・社会学・宗教学にまで論点が広がっていく。面白い本だ。これまで皮膚について考えたことがほとんどなかったので、皮膚を巡る考察がこんなにも広がるのかと驚いた。

 本書では、著者が医師として接してきたさまざまな皮膚病の事例を紹介している。そんな恐ろしげな症状を読んでいるだけで体がムズムズする。たしかに皮膚とは不可思議で身近な「臓器」である。

 人類(先住民)の多様な皮膚の色(メラミンの量)の分布は地球に降り注ぐ紫外線の量の分布と重なるそうだ。きわめて当然の話である。しかし、かつては長い時間をかけて移動した人類がいまでは短時間で移動できるようになった。そのため、皮膚の色と紫外線量に齟齬が発生し、それが皮膚がんの発生やビタミンD欠乏につながっている。わかりやすい説明であり、文明のパラドックスを感じざるをえない。

 本書後半の次のような指摘が印象に残った。

 「おそらく脳を除けば、皮膚以上に人間が聖なるものとして大きな意味をもたせる臓器はない。皮膚は神学者を夢中にさせ、哲学者を虜にしてきた。また、私たちの日常的な考え方に意外なかたちで作用するものである。」

 「皮膚は肉体と森羅万象とを分かつバリアとして機能していながら、肉的な欲望に身を任せる私たちのきわめて重要な一部でもある。皮膚は感覚器官であり、ありてにいえば、欲望と罪と恥が入り混じるスリルと興奮に満ちた最大の生殖器だ。」

 本書を読んでいて安部公房の『他人の顔』を思い出した。事故で顔面がケロイドになった技術者が精巧な仮面を作る話である。著者は文学の領域までには踏み込んでいないが、皮膚を巡る文学もいろいろありそうに思える。