耶律楚材が気の毒に思えてくる『耶律楚材とその時代』2022年01月02日

『耶律楚材とその時代』(杉山正明/中国歴史人物選/白帝社/1997.7)
 先日読んだ堺屋太一の 『世界を創った男チンギス・ハン』と井上靖の 『蒼き狼』には耶律楚材という人物が少しだけ登場する。私はこの人物についてほとんど知らなかったが、ネット検索で次の2点を知った。

(1)チンギス・カンのブレーンとして活躍した人気の高い人物である
(2)杉山正明氏は従来の耶律楚材像を否定し、たいした人物ではないと主張している

 堺屋太一の小説の注釈には杉山正明氏の名が何度か出てくる。小説のなかでは耶律楚材を次のように描いている。

 「チンギス・ハンは、自己顕示欲の強いこの男に利用価値を見出した。占卜を装ってわが意のあるところを発言させれば、政策遂行の役に立つ。」

 半世紀以上昔の『蒼き狼』では耶律楚材を、チンギス・カンが一目おく知的「教師」のように描いている。

 チンギス・カンに関する小説2冊を読んだのを機に、杉山正明氏の次の本を読んだ。25年前に出た本である。

 『耶律楚材とその時代』(杉山正明/中国歴史人物選/白帝社/1997.7)

 従来の耶律楚材のイメージがいかに歪められているかをあばいた本である。耶律楚材に肯定的なイメージをもっている人にとってはショッキングな内容だと思う。耶律楚材に関して何のイメージもない無知な私にも面白く読めた。

 モンゴルに征服された金国の官吏だった耶律楚材は、チンギス・カンの側近として重用され、宰相にまで登りつめ、モンゴルの蛮行を諫める役割を果たした――それが従来の耶律楚材の人物像のようだ。杉山正明氏は、そんな経歴は真っ赤な嘘で、耶律楚材はモンゴルの一介の書記で、占い師にすぎないとしている。

 では、なぜ「真っ赤な嘘」が後世に伝わったのか、杉山正明氏はその仕掛けを多角的に解き明かしている。面白くてスリリングである。説得力のある内容だと思うが、門外漢の私が杉山正明氏の見解を評価できるわけではない。本書がどう評価されているかも知らない。

 本書によれば、「真っ赤の嘘」がまかり通ってきた責任は耶律楚材本人とその子息、そして漢族の史家たちにある。それにしても、杉山正明氏の舌鋒はするどい。耶律楚材の品性や人間性もあげつらている。批判されて当然にも思えるが、コテンパンの耶律楚材が少し気の毒になってくる。