『ムサシ』は蜷川幸雄と井上ひさしの才を認識させる演劇2021年09月12日

 Bunkamuraシアターコクーンで蜷川幸雄七回忌追悼公演『ムサシ』(作:井上ひさし、オリジナル演出:蜷川幸雄、演出:吉田鋼太郎、出演:藤原竜也、溝端淳平、白石加代子、吉田鋼太郎、鈴木杏、他)を観た。

 初演は2009年、井上ひさしが蜷川幸雄に書き下ろした作品で、初演時の主な役者のまま何度もくりかえし上演されてきた芝居だが、私は初見である。

 チラシに「一瞬たりとも退屈しない夢のような舞台」とある。その通り、休憩20分をはさんだ3時間がアッという間だった。井上ひさしの巧みな作劇の仕掛け、蜷川幸雄の華麗なケレンを堪能した。事前に戯曲を読んでいたが、舞台でなければ伝わらない面白さがあると、あらためて思った。あたりまえのことだが…

 「作:井上ひさし」の表記に「吉川英治『宮本武蔵』より」と付記している。吉川英治の物語は武蔵と小次郎の舟島(巌流島)の決闘で終わるが、この芝居はそれから6年後の話である。吉川英治はあの物語で小次郎が死んだとは書いていない。一命をとりとめた小次郎は艱難辛苦のうえに武蔵を探しあて、再決闘を申し込む――という設定の芝居である。

 作者がこの芝居にこめたメッセージは、言葉にしてみれば「復讐の連鎖は断ち切らねばならない」「命を大切にしなければならない」という、まことに単純・正当なものに見える。だが、それが単純で正当であるからこそ説得的に伝えるのは簡単でない。メッセージを超えた重層的で面白い物語にしなければならない。井上ひさしはそんな工夫の達人だとあらためて認識した。

 この芝居において、小次郎から見た武蔵は「勝つためには手段を選ばない、油断も隙もないズルい奴」である。武蔵自身もそれを認めているように見える。そんな武蔵の姿を一層強調した方がより面白くなるように思えた。

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