『DXの思考法』でビジネスの現場を瞥見(べっけん)2021年06月28日

『DXの思考法:日本経済復活への最強戦略』(西山圭太/文藝春秋)
 新聞や雑誌でDX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉を目にすることが多い。いつの時代にも跋扈する先端風の流行り言葉だと感じていた。私は現場から身を引いて久しい72歳の気ままな身で、最新のビジネストレンドを追う気はない。

 にもかかわらず次の本を読んだのは、若い人から面白いと教えられたからである。

 『DXの思考法:日本経済復活への最強戦略』(西山圭太/文藝春秋)

 私より15歳若い著者は、経済産業省の役人として多岐にわたって活躍し、退官後の現在は東大客員教授である。

 本書の読み始めに感じたのは、DXなるものが本当に新しいのだろうかという疑念である。「デジタル化」「ネットワーク組織」「プロトタイプ型開発」「プロトコルとレイヤ」「第5世代コンピュータ」などの考え方は数十年前(私が若い頃)からあり、それらと似た概念の繰り返しのように感じた。だが、読み進めるにつれて、私の疑念は年寄りのひが目であって、時代は変わってきていて古い考え方は通用しなくなっていると思えてきた。

 著者が社会人になった頃(1988年)に『ネットワーク組織論』(今井賢一、金子郁容)が出版され、新たな時代を感じたそうだ。その頃39歳だった私もこの本をむさぼるように読んだ。世代は違うが、かすかな同時代意識を感じた。

 本書はわかりやすいハウツー本ではなく難解な部分も多い。抽象的な説明が多いからである。「抽象化の破壊力――上がってから下がる」を説く本書にとって、抽象化の能力こそが眼目だから抽象的表現をためらっていない。そこに一種の説得力を感じた。

 著者が繰り返し呟くのは「いま何か決定的な変化が起こりつつある」というフレーズである。デジタル技術の大きな進展が世の中に質的な変化をもたらそうとしている予感は確かにある。本書の解説で冨山和彦氏が指摘しているように、日本の産業は立ち遅れつつある。新しい人材が育っていくことを願うしかない。