榎本武揚の生涯とグローバルな世界史との関連を解読2018年11月28日

『榎本武揚から世界史が見える』(臼井隆一郎/PHP新書)
 榎本武揚という名がタイトルに付されている次の新書を読んだ。

 『榎本武揚から世界史が見える』(臼井隆一郎/PHP新書)

 著者はドイツ・ヨーロッパ文化論の学者で、本書は榎本武揚をネタに世界史のアレコレを縦横に語る歴史エッセイである。私の知らない人物や事項がふんだんに盛り込まれていて、やや衒学的かつ文学的なところもあり、消化するのに少々骨が折れた。強引なこじつけに思える見解もあるが刺激的で面白い本である。

 本書冒頭の「北溟有魚」と題する章は、極東における欧米の捕鯨とオホーツク海にまで波及したクリミア戦争を絡めた話になっている。18歳の榎本は幕府海防掛目付・堀利熈の部下として蝦夷・樺太に赴く。長崎で幕府に交渉を迫ったロシアのプチャーチンは、交渉場所を樺太のコルサロフに指定される。樺太での交渉担当者は堀利熈だったが、プチャーチンはそこに現れない。クリミア戦争の敵国イギリスがオホーツク海の制海権を握っていたからである。そんな逸話とメルヴィルの『白鯨』を織り込んだ鯨油文明の話が絡んでいて気宇壮大である。

 著者は、榎本の生涯は「クリミア戦争で始まり、日露戦争戦争で終わった」とし、世界史的な事象に榎本の生涯がどう絡んでいるかを語っている。クリミア戦争はヨーロッパの国民国家形成時代の幕開けを告げる世界戦争であり、日露戦争終結の時点で世界は第一次世界大戦への陣形整備を完了する。つまり、榎本の生きた時代とは国民国家が領土国家として成立し、領土の確定と取り合いに終始した時代だった。それが著者の見方である。

 19世紀から20世紀初頭にかけての国民国家成立の物語を主旋律としたこの歴史エッセイは、欧米、ロシア、日本、中国、朝鮮から南米の事情にまで言及している。その中で特にドイツに焦点をあてている。統一ドイツが存在しない状態からプロイセンを中心にした国民国家が形成され、それが大きな力をつけていく過程が日本の近代化と照応しているからである。

 本書の舞台回しは榎本とは別にもう一人いる。マックス・フォン・ブラントというプロイセンの軍人外交官である。榎本と直接の関わりは少ないが、日本との関わりは深い。著者は次のように紹介している。

 「ブラントは1835年生まれ。1836年生まれの榎本武揚とはほぼ同年齢である。プロセン人ブラントと旧幕臣・榎本武揚とは、幕末から戊辰戦争を越えて朝鮮をめぐる日清・日露戦争に至るまで、対照的な軌跡を描いていくことになる。」

 榎本やブラントをはじめ多様な人物を配した逸話を語りながら、その個別で具体的な事象を世界史的・地球的なマクロな視点で解読しているのが本書の面白さである。

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