目から鱗の『蒙古襲来と神風』(服部英雄/中公新書) ― 2018年01月17日
網野善彦の『蒙古襲来』を読んだせいで、本屋の新書売り場に積まれていた次の本が目に止まった。昨年(2017年)11月25日発行で、著者は1949年生まれの歴史学者だ。
『蒙古襲来と神風:中世の対外戦争の真実』(服部英雄/中公新書)
この本、非情に面白かった。蒙古襲来に関する通説・定説を否定した本で、目から鱗が落ちる気分を味わった。
専門家向けの論文に近い細かな議論が多く、それを門外漢の私が評価できるわけではない。だが論旨は説得的で、私は著者の主張に納得してしまった。
本書は「神風」(=台風)が蒙古を撃退したという通説を否定し、「神風」という幻想が太平洋戦争における特攻隊にまで影響及ぼしたことを痛烈に批判している。
蒙古襲来とは文永の役(1274年)と弘安の役(1281年)の2回であり、私が子供の頃から抱いていたイメージは「2回とも蒙古軍は台風で大きな被害を受けて撤退し、当時の人はこの台風を神風と呼んだ」といったものだ。
現代の歴史学者たちは、台風が蒙古を撤退させたという単純な見方をしているわけではない。『もういちど読む山川日本史』(山川出版社/2009年)では、文永の役は暴風雨とは関連づけられていないし、弘安の役における大暴風雨を撤退の大きな要因としつつも別の要因もあげている。網野善彦の『蒙古襲来』(1974年)も似たような見解だ。
とは言え、暴風雨(=台風)にかなりのウエイトをおいているのは確かだし、私を含めて一般の人間の多くは「蒙古襲来=台風」のイメージを強くもっている。
服部英雄氏は弘安の役で台風が襲来した事実を認めたうえで、史料の検討をふまえて、暴風雨の後も戦争が継続し、実際に参戦した武士たちは「神風が蒙古軍を撤退させた」などとは考えてもいなかったはずだと指摘している。
にもかかわらず「神風」が強調されたのは、戦場から離れた場所(京都や鎌倉)で蒙古退散を祈祷していた公家や寺社が自分たちの祈祷の効果の喧伝に暴風雨(=神風)を大いに利用したからである。また、撤退した蒙古・高麗側も言い訳に暴風雨を強調した記録を残している。わかりやすい話だ。それが現在の私たちにまで何等かの影響を与えているのだ。
本書の眼目は「神風史観」を否定するという単純な点にあるのではなく、蒙古襲来の史料を再検討し、通説・定説をひとつずつ丁寧にくつがえしている点にある。
蒙古襲来に関しては東京帝国大学教授・池内宏の『元寇の新研究』(1931年)が不動の定説とされ、次々に孫引きされてきたそうだ。著者は次のように批判している。
「歴史学研究者はこの戦前の著書を自ら熟読し、引用された史料類を再検討するという作業はしておらず、ただただ引用をくりかえした。思考停止のままの拡散である。」
私の知らない世界の話なので著者の見解の当否は判断できない。当たっているとすれば80年間の思考停止だ。驚くしかない。
『蒙古襲来と神風:中世の対外戦争の真実』(服部英雄/中公新書)
この本、非情に面白かった。蒙古襲来に関する通説・定説を否定した本で、目から鱗が落ちる気分を味わった。
専門家向けの論文に近い細かな議論が多く、それを門外漢の私が評価できるわけではない。だが論旨は説得的で、私は著者の主張に納得してしまった。
本書は「神風」(=台風)が蒙古を撃退したという通説を否定し、「神風」という幻想が太平洋戦争における特攻隊にまで影響及ぼしたことを痛烈に批判している。
蒙古襲来とは文永の役(1274年)と弘安の役(1281年)の2回であり、私が子供の頃から抱いていたイメージは「2回とも蒙古軍は台風で大きな被害を受けて撤退し、当時の人はこの台風を神風と呼んだ」といったものだ。
現代の歴史学者たちは、台風が蒙古を撤退させたという単純な見方をしているわけではない。『もういちど読む山川日本史』(山川出版社/2009年)では、文永の役は暴風雨とは関連づけられていないし、弘安の役における大暴風雨を撤退の大きな要因としつつも別の要因もあげている。網野善彦の『蒙古襲来』(1974年)も似たような見解だ。
とは言え、暴風雨(=台風)にかなりのウエイトをおいているのは確かだし、私を含めて一般の人間の多くは「蒙古襲来=台風」のイメージを強くもっている。
服部英雄氏は弘安の役で台風が襲来した事実を認めたうえで、史料の検討をふまえて、暴風雨の後も戦争が継続し、実際に参戦した武士たちは「神風が蒙古軍を撤退させた」などとは考えてもいなかったはずだと指摘している。
にもかかわらず「神風」が強調されたのは、戦場から離れた場所(京都や鎌倉)で蒙古退散を祈祷していた公家や寺社が自分たちの祈祷の効果の喧伝に暴風雨(=神風)を大いに利用したからである。また、撤退した蒙古・高麗側も言い訳に暴風雨を強調した記録を残している。わかりやすい話だ。それが現在の私たちにまで何等かの影響を与えているのだ。
本書の眼目は「神風史観」を否定するという単純な点にあるのではなく、蒙古襲来の史料を再検討し、通説・定説をひとつずつ丁寧にくつがえしている点にある。
蒙古襲来に関しては東京帝国大学教授・池内宏の『元寇の新研究』(1931年)が不動の定説とされ、次々に孫引きされてきたそうだ。著者は次のように批判している。
「歴史学研究者はこの戦前の著書を自ら熟読し、引用された史料類を再検討するという作業はしておらず、ただただ引用をくりかえした。思考停止のままの拡散である。」
私の知らない世界の話なので著者の見解の当否は判断できない。当たっているとすれば80年間の思考停止だ。驚くしかない。

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