SF作家(?)ギボン『ローマ帝国衰亡史』の重箱の隅2014年10月01日

『ローマ帝国衰亡史(6)』(エドワード・ギボン/朱牟田夏雄・中野好之訳/ちくま学芸文庫)
 ギボンの『ローマ帝国衰亡史』(ちくま学芸文庫)の前半5巻を読了したのが今年の6月で、7月からは後半(第6巻~第10巻)に取りかかったが、遅々として進まない。あれこれ雑事があるし、読書にガツガツするよりはボケーッと何もしない時間の方が大事という言い訳めいた信条もある。他の本の割り込みに寛容すぎる気ままな読書ということもある。

 で、3カ月かけてやっと後半の1冊目(第6巻)を読み終えた。われながら時間のかけすぎだと思う。この調子では年内読了はおぼつかない。

 閑話休題、『ローマ帝国衰亡史(6)』にSFを感じさせる面白い箇所を発見した。本筋とはあまり関係ないが、18世紀に生きたギボンは本書の中で西暦2355年の未来にまで言及しているのだ。

 ギボンはユスティアヌス帝時代の西暦531年に出現した大彗星を取り上げ、「諸国民はこれを見て驚愕し、これらの不吉な影響が引き起こす戦争と災難を覚悟したが、実際その危惧は大部分が実際に生起した」と述べている。

 そして、啓蒙時代の歴史家にふさわしく、この彗星を自然科学的にとらえ「これまでに575年の周期で合計7回、われわれの地球を訪れたことが判明している」と喝破し、その7回の史実を紹介している。BC1767年、BC1193年、BC618年、BC44年、AD531年、AD1106年、AD1680年の7回の事象であり、ほぼ575年周期になっている。

 直近の1680年の彗星はキルヒ彗星と呼ばれる彗星で、ニュートンが軌道計算をしている。ギボンが生まれる50年以上前のことだ。

 周期彗星であることが初めて明らかになったのはハレー彗星で、ハレーの予言(76年周期)が観測によって実証されたのは1758年、ギボンが『衰亡史』を公刊する30年前である。

 ギボンは当時の自然科学と歴史学の知見から575年周期の彗星を想定したが、今日ではその想定は否定されている。高い精度で次の回帰が予測できるのは周期200年以下の彗星であり、ギボンが取り上げた7回の事象は同一の彗星ではなさそうだ。

 それはともかく、575年周期という壮大なロマンから遠い未来にまでも思いを馳せるのが素晴らしい。ギボンは次のように述べている。

 「次回の2355年に予定される8回目の出現の折には、多分シベリアかアメリカの荒野の将来の首都の天文学者によってこの計測値が確認されるであろう。」

 江戸時代に生きたギボンが、はるか未来24世紀の世界では、シベリアやアメリカの未だ荒野の地に大都市が建設されているだろうと推定している炯眼に敬服する。この1行だけでギボンをSF作家の始祖の一人に加えていいと思えるぐらいだ。

 しかし、ここで私は気づいた。575年周期の彗星ならば1680年の次に出現するのは2355年ではなく2255年だ。24世紀ではなく23世紀である。翻訳ミスかなと思い、「Project Gutenberg」で原文を確認すると、以下の通りだ。

 At the eighth period, in the year two thousand three hundred and fifty-five, their calculations may perhaps be verified by the astronomers of some future capital in the Siberian or American wilderness.

 やはり、ギボン先生は簡単な足し算を間違えたのだろうか。原注にも訳注にも何もないのが不思議だ。