『南極大陸』をきっかけに「探検」を考えた2011年12月15日

『南極越冬記』(西堀栄三郎/岩波新書)とその栞、『南極越冬隊 タロジロの真実』(北村泰一/小学館文庫)
 テレビドラマはほとんど見ないが、『南極大陸』は見ている。南極越冬隊には昔から興味があった。キムタク主演ドラマの南極越冬隊ということに、やや違和感を抱きつつも「南極大陸」というタイトルの付け方に多少の期待を感じた。だが、案の定、期待はずれのテレビドラマだ。
 ノンフィクションを原案にしていても「このドラマはフィクション」ですと謳っているのだから、事実離れをあげつらっても仕方ない。フィクションとして優れていれば文句はない。
 しかし、テレビドラマ『南極大陸』は私には安っぽくて幼稚なメロドラマに見えてしまう。せっかくの壮大な南極の光景が活かされず、探検のロマンが感じられない。

 しかし、テレビドラマ『南極大陸』をきっかけに、50年以上昔の南極越冬隊の記憶が懐かしくよみがえり、当時の新聞記事などの記録を読み返した。また、ドラマの原案になった『南極越冬隊 タロジロの真実』(北村泰一/小学館文庫)を購入して読み、『南極越冬記』(西堀栄三郎/岩波新書)を本棚の奥から探し出して再読した。そして、私たちの世代(団塊世代)にとって南極とは何だったのかを、ぼんやりと考えてみた。テレビドラマのささやかな効用だ。

 宗谷が南極へ行き、越冬隊を残してきたこと、氷に閉じ込められた宗谷がソ連のオビ号に救出されたことなどは、強く私の記憶に残っている。当時、一般家庭にテレビはなかったが、新聞が大々的に報じていた。
 調べてみると、第一次南極観測隊を乗せた宗谷が出発したのは1956年(昭和31年)、私が小学2年生の時だ。現在の私の孫と同い年だ。わが孫を見ながら、こんな小さいときの記憶がよく残っているものだと、われながら驚いた。
 私が特別だったわけではない。おそらく、私と同世代の人々は私と同じように「宗谷」のことを鮮明に記憶していると思う(同世代の友人数人に確認した)。それほどに印象深いイベントだったのだ。他にたいしたイベントがなかったのかもしれないが。
 テレビドラマ『南極大陸』に出てくる小学生たちは、まさに当時の私たちだった。あのドラマに無邪気っぽい小学生たちが登場するのにはシラけたが、わが身を写して見ると、ちょっぴりいとしくなる。
 当時われわれが感じたワクワク感が何であったを、もっとリアルに深く表現してくれれば、多少はドラマに共感できたかもしれない。

 実は、私は小学生のときに西堀越冬隊長の越冬報告講演会を聞いている。おそらく西堀栄三郎氏帰国直後の1958年だ。第三次隊がタロジロを発見する以前だったと思う。とすれば、私は小学4年生だった。岡山県の瀬戸内海沿岸の田舎町まで西堀氏は講演会に来たのだ。企業城下町のような町だったので、西堀氏は技術コンサルタントとしてその企業と関係があったのかもしれない。
 西堀越冬隊長は当時の超有名人だった。そして、講演内容は小学生の私にも非常に面白かった。50年以上経った現在でも、あの日の西堀越冬隊長の話し振りは目に浮かぶ。

 西堀栄三郎氏は11歳のときに白瀬中尉の講演を聞き、53歳で南極に行った。10歳のときに西堀隊長の講演を聞いた私は60歳を越えてもくすぶっている。死ぬまでに南極に行けるだろうか。

 なにはともあれ、西堀隊長の講演を聞いた日から私は西堀栄三郎氏のファンになった。と言っても、『南極越冬記』を読んだのは大学生になってからだ。それが、西堀氏の著作に接した初体験だった。岩波新書『南極越冬記』が出版されたのは、南極から帰国直後の1958年で、私が古本屋で入手した本書を読んだのは1969年だった。
 この岩波新書には本書の宣伝文が書かれた栞がはさみこまれていて、そこには「日本に於いて最も実践的な科学技術者と称される西堀博士の、創意にとむ知性と何ものをも恐れぬ勇気を見るであろう」と書かれている。やや大時代的な表現だが、その通りの内容の本である。
 『南極越冬記』は期待に違わぬ面白い本で、小学生の時に抱いた西堀越冬隊長のイメージがより鮮明になった。

 そんな私が、あらためて西堀栄三郎氏に惹かれたのは社会人になって、偉大なるエンジニアとしての西堀氏の魅力を認識したときだった。
 『学問の世界:碩学に聞く』(加藤秀俊、小松左京/講談社現代新書)に収録されていた「西堀栄三郎/巨大なテクノロジスト」というインタビューと、桑原武夫氏の「西堀越冬隊長」(桑原武夫全集第4巻、初出は西堀氏が越冬中の1957年6月号の文藝春秋)を読んだのがきっかけだった。1980年前後だったと思う。この二つの文章に接して、あの西堀越冬隊長はとてつもない巨人なのだと気づいた。

 西堀氏は科学者で技術者だが、書斎の人ではなく実践の人だった。本人が「わたしは生来、字を書くことがとてもきらいである」と述べているように著作は多くない。
 西堀氏の魅力を再認識した私は『石橋を叩けば渡れない』『西堀流新製品開発:忍術でもええで』『品質管理心得帖』などを貪り読んだ。1989年に86歳で西堀氏が逝去した後に編纂された『創造力:自然と技術の視点から』もすぐに読んだ。どの本も社会人としての当時の私の問題意識や課題(システム開発やチーム運営など)を刺激し勇気づけてくれる内容だった。
 ・・・と言ったことを書き始めると、話題が南極からどんどんずれてしまう。

 約40年ぶりに『南極越冬記』を再読して、面白く感じたところは多々あったが、「探検」という言葉にひっかかった。40年前には「探検」という言葉を普通に読み飛ばしていたと思うが、今回の再読で「探検」という言葉に新鮮さを感じた。近頃は「探検」という言葉に接することが少ないからだ。

 「第一次南極越冬隊」は、小学生だった私たちのイメージでは「南極探検隊」だった。西堀氏は『南極越冬記』で次のように述べている(P154)。

 「こんどの南極観測は、探検ではなく観測だということが、くりかえしいわれている。わたしは、探検か観測かなどということは、言葉の問題にすぎないと思っている。現在の南極においては、探検的な要素をふくまぬ観測などはあり得ないのである」

 どのような経緯からかは知らないが、桑原武夫氏らが推薦する西堀氏が「第一次観測隊副隊長」「越冬隊長」に選ばれたということは、南極観測に「探検」の要素が強かった証左だろう。
 当時53歳だった西堀氏は、京大助教授、東芝の技術部長、技術コンサルタント、電電公社の研究室長、京大教授などを歴任していた。しかし、西堀氏が越冬隊長に選ばれたのは、それらのオモテの経歴によってではなく、ヴェテラン登山家(「雪山賛歌」の作詞者でもある)で南極探検の研究者という別の経歴によるものが大きかった筈だ。
 第一次越冬隊のメンバーにも登山家が多い。『南極越冬隊 タロジロの真実』の著者北村泰一氏も登山家の一人だ。
 北村氏は、第一次越冬隊の最年少隊員で犬係もしていたオーロラ学者だ。フィクションであるテレビドラマの最年少隊員(自分さがしをする不甲斐ない現代の若者を投影したような人物)とはキャラクタがかなり異なる。西堀氏は『南極越冬記』で北村氏を「つわもの」と評している。
 
 テレビドラマ『南極大陸』がモノ足りないのは、現代人の視点からのヤワでセンチメンタルな「愛犬物語」的な要素が強く、力強い「探検」ロマンの要素が失われているからだと思う。それは、いつのまにか、私たちの世界から「探検」が失われてしまったことの反映だろう。

 私たちが子供の頃は「探検物語」に心をときめかした。「アフリカ探検」「無人島探検」「海底探検」「地底探検」「月世界探検」「火星探検」など、探検のターゲットはあちこちにあるように思えた。「南極探検」もその一つだった。そして、「探検ごっこ」は楽しい遊びだった。

 しかし現在、地球上からは探検の対象である「秘境」はほぼ消滅し、その多くは世界遺産という冠の観光地になってしまった。月世界や火星も、もはや未知の秘境ではない。

 西堀氏によれば探検の醍醐味は「未知の世界が開けていくこと」にあり、探検を実践するには「創意工夫の能力」が必要である。
 地理的な探検の対象が消滅しても、創意工夫によって開かれる未知の領域はいろいろあるだろう。探検の精神を活かす場が失われているわけではない。
 しかし、地理的探検は、その具体性によって圧倒的なイメージ喚起力の魅力をもっている。わかりやすいのだ。地理的探検に代わる探検の魅力を発見するのは容易ではない。インナースペースやサイバースペースなどに探検のターゲットを求めたとしても、そのワクワク感を共有できる人は限られているように思われる。

 私たちが小学生の頃、「南極越冬隊」に惹かれたのは、それが心をときめかす「探検」だったからだ。心ときめかす探検の対象が見えにくい現代の子供たちは可愛そうである。いまの子供たちも「探検ごっこ」をするのだろうか。

 ・・・そんなことを思いながらネットを検索していると「西堀栄三郎記念 探検の殿堂」という施設が滋賀県東近江市にあることを発見した。そのうち訪ねてみたい。

(蛇足)
 西堀栄三郎氏は南極から帰国後、日本原子力研究所の理事に就任する。西堀氏が存命なら、今回の原子力発電の事故をどう見たかは興味深い。このことについては、いずれ考察してみたいと思う。

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