『アンナ・コムネナの生涯と作品』は歴史学への愛の書 ― 2025年04月04日
ビザンツ帝国のコムネノス朝初代皇帝アレクシオス1世の長女、アンナ・コムネナ(1083-1153/4頃)は興味深い人物である。私はギボンの『ローマ帝国衰亡史』をボチボチと再読中で、それに関連してビザンツ史の一般書を、この数年で何冊か読んできた。そこでしばしば遭遇するのが、皇妃アンナ・コムネナである。
皇帝の娘であるアンナは自分こそが次期皇帝にふさわしいと考えていた。自分が無理なら夫を皇帝にしたいと思った。しかし、アレクシオス1世を継いで皇帝になったのは弟のヨハネス2世だった。アンナはヨハネスと対立し、政争に敗れ、後半生は歴史家に転身し、父の業績を綴った史書『アレクシアス』を書き上げる。ギボンをはじめビザンツ史を語る史書の多くは『アレクシアス』を引用している。
そのアンナ・コムネナの伝記をビザンツ史家の井上浩一氏が書いていると知った。
『歴史学の慰め:アンナ・コムネナの生涯と作品』(井上浩一/白水社/2020.7)
井上氏の著書は、これまでに『ビザンツとスラブ』(世界の歴史11)、『生き残った帝国ビザンティン』(講談社学術文庫)、『ビザンツ皇妃列伝』を読んだ。どれも面白かった。文章が洒脱で読みやすい。本書も面白いだろうと予感して読み始めた。予感した以上に面白い歴史書だった。感動した。
本書は「第1部 生涯」「第2部 作品」から成る。第1部はアンナの伝記、第2部は彼女の著書『アレクシアス』の検討と評価である。井上氏は「あとがき」で、「楽しい歴史の旅へと誘ってくださったアンナ・コムネナさんに本書を捧げたいと思います」と述べたうえで、次のように語っている。
〔第1部「生涯」の冒頭を読んだだけで、アンナさんはこうおっしゃるかもしれません。「井上さん、違いますよ。そんなつもりではありません。」私のお答えはふたことです。「いえいえ、アンナさん、自分のことはわからないものです。どうか、最後まで読んでください。〕
アンナ贔屓と明言する著者のアンナへの思い入れが伝わってくる。『アレクシアス』はさまざまに評価されてきた歴史書である。敬愛する父親への称賛や自身の感情吐露があり、歴史書らしからぬ部分が批判されたりもする。著者は、そんな批判を歴史家の眼で検討したうえで、アンナの生涯の多様な場面を印象深く推測し、その作品を名著と高く評価している。
『アレクシアス』はアンナの自分語りをまじえた歴史書である。それ故に歴史書らしくない歴史書になっている。著者はそれを「越境する歴史学」ととらえている。そして本書には、アンナにならって著者の自分語りが随所に登場する。「このあたり、アンナの文を正確に訳す自信は私にはない」「私にはその勇気はないが、歴史学に限らず、どんな分野でも新たな可能性は越境行為にあるのではないか」などの言説に、書斎派を自認する歴史学者の矜持と自信を感じた。
アンナが皇帝あるいは皇后をめざして策動したか否かは不明である。『アレクシアス』の本文中で、アンナは繰り返し泣き、自分の不幸を嘆いているそうだ。だが、この歴史書を書くことで自分の不幸は慰められ、生きる力を得た、と著者は見ている。本書における著者のアンナへの眼差しに、歴史学者が歴史学者を観る慈愛を感じた。
皇帝の娘であるアンナは自分こそが次期皇帝にふさわしいと考えていた。自分が無理なら夫を皇帝にしたいと思った。しかし、アレクシオス1世を継いで皇帝になったのは弟のヨハネス2世だった。アンナはヨハネスと対立し、政争に敗れ、後半生は歴史家に転身し、父の業績を綴った史書『アレクシアス』を書き上げる。ギボンをはじめビザンツ史を語る史書の多くは『アレクシアス』を引用している。
そのアンナ・コムネナの伝記をビザンツ史家の井上浩一氏が書いていると知った。
『歴史学の慰め:アンナ・コムネナの生涯と作品』(井上浩一/白水社/2020.7)
井上氏の著書は、これまでに『ビザンツとスラブ』(世界の歴史11)、『生き残った帝国ビザンティン』(講談社学術文庫)、『ビザンツ皇妃列伝』を読んだ。どれも面白かった。文章が洒脱で読みやすい。本書も面白いだろうと予感して読み始めた。予感した以上に面白い歴史書だった。感動した。
本書は「第1部 生涯」「第2部 作品」から成る。第1部はアンナの伝記、第2部は彼女の著書『アレクシアス』の検討と評価である。井上氏は「あとがき」で、「楽しい歴史の旅へと誘ってくださったアンナ・コムネナさんに本書を捧げたいと思います」と述べたうえで、次のように語っている。
〔第1部「生涯」の冒頭を読んだだけで、アンナさんはこうおっしゃるかもしれません。「井上さん、違いますよ。そんなつもりではありません。」私のお答えはふたことです。「いえいえ、アンナさん、自分のことはわからないものです。どうか、最後まで読んでください。〕
アンナ贔屓と明言する著者のアンナへの思い入れが伝わってくる。『アレクシアス』はさまざまに評価されてきた歴史書である。敬愛する父親への称賛や自身の感情吐露があり、歴史書らしからぬ部分が批判されたりもする。著者は、そんな批判を歴史家の眼で検討したうえで、アンナの生涯の多様な場面を印象深く推測し、その作品を名著と高く評価している。
『アレクシアス』はアンナの自分語りをまじえた歴史書である。それ故に歴史書らしくない歴史書になっている。著者はそれを「越境する歴史学」ととらえている。そして本書には、アンナにならって著者の自分語りが随所に登場する。「このあたり、アンナの文を正確に訳す自信は私にはない」「私にはその勇気はないが、歴史学に限らず、どんな分野でも新たな可能性は越境行為にあるのではないか」などの言説に、書斎派を自認する歴史学者の矜持と自信を感じた。
アンナが皇帝あるいは皇后をめざして策動したか否かは不明である。『アレクシアス』の本文中で、アンナは繰り返し泣き、自分の不幸を嘆いているそうだ。だが、この歴史書を書くことで自分の不幸は慰められ、生きる力を得た、と著者は見ている。本書における著者のアンナへの眼差しに、歴史学者が歴史学者を観る慈愛を感じた。
2年ぶりにジャガイモの植え付け ― 2025年04月02日
近頃は八ケ岳南麓の山小屋に行くのが億劫になり、たまにしか行かない。3月末、数カ月ぶり(今年初めて)に行き、ブルーベリーを剪定し、枯草と落ち葉に覆われた畑を少し耕した。その日の夜は足が吊りそうになり、翌日は腰痛だった。
畑を耕したのはジャガイモ植え付けの準備である。現地のホームセンターの種イモ売り場に「現品限り。入荷予定なし」とあったので、あわてて種イモを買ってしまったのである。昨年はグズグズしていて、ジャガイモの植え付け時期を逸した。一昨年のジャガイモ植え付けの時には、いつまで続けようかと思案した。昨年の「見送り」を機にフェイドアウトかなと思っていたのに、つい種イモを買ってしまった。
種イモを東京に持ち帰って保管し、先日、また山小屋に行き、ジャガイモの植え付け作業をした。事前に少し耕していたとは言え、3列の畝作りはかなりの労働である。腰を労りながらのんびりと作業を進め、何とか種イモの植え付けが終了した。
今後は芽かきや追肥などの作業をしなければならない。農作業が好きなわけでないのに墓穴を掘ってしまった。
畑を耕したのはジャガイモ植え付けの準備である。現地のホームセンターの種イモ売り場に「現品限り。入荷予定なし」とあったので、あわてて種イモを買ってしまったのである。昨年はグズグズしていて、ジャガイモの植え付け時期を逸した。一昨年のジャガイモ植え付けの時には、いつまで続けようかと思案した。昨年の「見送り」を機にフェイドアウトかなと思っていたのに、つい種イモを買ってしまった。
種イモを東京に持ち帰って保管し、先日、また山小屋に行き、ジャガイモの植え付け作業をした。事前に少し耕していたとは言え、3列の畝作りはかなりの労働である。腰を労りながらのんびりと作業を進め、何とか種イモの植え付けが終了した。
今後は芽かきや追肥などの作業をしなければならない。農作業が好きなわけでないのに墓穴を掘ってしまった。
ミトラ教研究の大家キュモンの定説崩壊にビックリ ― 2025年03月29日
ローマ史家・井上文則氏がミトラス教を語った新刊書を読んだ。
『異教のローマ:ミトラス教とその時代』(井上文則/講談社選書メチエ)
井上氏の本を読むのは『シルクロードとローマ帝国の興亡』(文春新書)、『軍と兵士のローマ帝国』(岩波新書)に続いて3冊目だ。前の2冊も斬新で面白かったが、本書はそれ以上に驚きの書だった。
ペルシアではミスラ神、インドではミトラ神、ローマではミトラス神と呼ばれた太陽神を祀るこの宗教(ミスラ教、ミトラ教、ミトラス教)に、私は多少の関心がある。牡牛を屠るミトラ神の彫像は印象的だ。ローマ史の本には時おりミトラ教が登場する。『ローマ帝国の神々』(小川英雄)、『ミトラの密儀』(フランツ・キュモン)なども読んだ。しかし、この宗教のぼんやりしたイメージしかつかめていない。
本書の序章では、高校世界史の教科書の以下の説明を引用している。
「ミトラ教は、インド・イランのミトラ神に起源をもち、小アジアで宗教として成立した。ミトラ神は太陽と同一視された。ローマ時代には皇帝・軍人に信者が多く、さかんに牛を屠る密儀が行われた」
私のミトラ教のイメージはこれに近い。この説明はミトラ教研究の大家フランツ・キュモン(1868-1947)の学説を踏まえているそうだ。本書の序章はキュモンの業績を紹介したうえで、その学説を大幅に相対化し、「定説の崩壊」として、キュモン以後の研究に言及している。著者の見解では、教科書の上記の記述は適切ではない。門外漢の私には驚きの序章だった。
ゾロアスター教とも関連が深いペルシアのミスラ神が、西に伝わってローマのミトラス教となり、東に伝わって弥勒になった――私はそんな壮大なイメージを抱いていた。だが、著者はそのような直接的な伝達には否定的である。
西方(ローマ帝国)への伝達については「現在ではミトラ神とミトラス神の連続性を前提とするキュモン説は批判され、両者の関係を否定する見方すら出てきている」と述べている。
東方に関しては、バーミヤンの東大仏の頭上に描かれた太陽神ミトラを例に、ミトラ神がペルシアからバーミアンを経て日本にまで伝わったと述べている。しかし、ミトラが弥勒菩薩になったという説は論拠が乏しいとしている。
ローマのミトラス教に関しては、考古学的な遺跡はあるものの文書史料が少なく、不明な点が多い。したがって諸説あるらしい。多面的な検討を踏まえたうえで著者が展開する見解は、私には驚きだった。
著者の見解では、ミトラス教は紀元70年頃、ローマで一人の教祖によって始まり、短期間でローマ世界に広まった。その教祖は、小アジアのコンマゲネ王国からローマに連れて来られた知識人の解放奴隷だった。その教祖は自らの宗教の創始者をゾロアスターとしていたので、ミトラス教徒も自らの宗教の起源をペルシアのゾロアスターと考えていた。教祖は教義を文書化していたと思われるが、それは失われた。
キリスト教の興隆によって消滅したミトラス教の成立は、キリスト教より新しかったというのである。どの宗教も初めは新興宗教だが、ミトラス教はキリスト教より新しい新興宗教で、1世紀後半から4世紀にかけて拡大し、その後、急速に消滅する。やはり、謎の新興宗教である。
キュモンは、ミトラス教などがローマの伝統宗教を破壊してキリスト教が広まる地均しをしたと考えたそうだ。著者は、キリスト教とミトラス教の流布地域のズレからキュモン説を否定し、キリスト教普及には皇帝の上からの力が大きかったとしている。興味深い見解だ。皇帝によるキリスト教支援がなければ、ミトラス教が世界宗教になった可能性はあったかもしれない。
著者はユリアヌス帝にも言及し、彼がミトラス教徒だったことは疑いないとしている。私は9年前に辻邦生の『背教者ユリアヌス』を面白く読み、その頃、ユリアヌス関連書にも目を通したが、ユリアヌスがミトラス教徒だとは認識していなかった。あらてめて確認したくなった。
『異教のローマ:ミトラス教とその時代』(井上文則/講談社選書メチエ)
井上氏の本を読むのは『シルクロードとローマ帝国の興亡』(文春新書)、『軍と兵士のローマ帝国』(岩波新書)に続いて3冊目だ。前の2冊も斬新で面白かったが、本書はそれ以上に驚きの書だった。
ペルシアではミスラ神、インドではミトラ神、ローマではミトラス神と呼ばれた太陽神を祀るこの宗教(ミスラ教、ミトラ教、ミトラス教)に、私は多少の関心がある。牡牛を屠るミトラ神の彫像は印象的だ。ローマ史の本には時おりミトラ教が登場する。『ローマ帝国の神々』(小川英雄)、『ミトラの密儀』(フランツ・キュモン)なども読んだ。しかし、この宗教のぼんやりしたイメージしかつかめていない。
本書の序章では、高校世界史の教科書の以下の説明を引用している。
「ミトラ教は、インド・イランのミトラ神に起源をもち、小アジアで宗教として成立した。ミトラ神は太陽と同一視された。ローマ時代には皇帝・軍人に信者が多く、さかんに牛を屠る密儀が行われた」
私のミトラ教のイメージはこれに近い。この説明はミトラ教研究の大家フランツ・キュモン(1868-1947)の学説を踏まえているそうだ。本書の序章はキュモンの業績を紹介したうえで、その学説を大幅に相対化し、「定説の崩壊」として、キュモン以後の研究に言及している。著者の見解では、教科書の上記の記述は適切ではない。門外漢の私には驚きの序章だった。
ゾロアスター教とも関連が深いペルシアのミスラ神が、西に伝わってローマのミトラス教となり、東に伝わって弥勒になった――私はそんな壮大なイメージを抱いていた。だが、著者はそのような直接的な伝達には否定的である。
西方(ローマ帝国)への伝達については「現在ではミトラ神とミトラス神の連続性を前提とするキュモン説は批判され、両者の関係を否定する見方すら出てきている」と述べている。
東方に関しては、バーミヤンの東大仏の頭上に描かれた太陽神ミトラを例に、ミトラ神がペルシアからバーミアンを経て日本にまで伝わったと述べている。しかし、ミトラが弥勒菩薩になったという説は論拠が乏しいとしている。
ローマのミトラス教に関しては、考古学的な遺跡はあるものの文書史料が少なく、不明な点が多い。したがって諸説あるらしい。多面的な検討を踏まえたうえで著者が展開する見解は、私には驚きだった。
著者の見解では、ミトラス教は紀元70年頃、ローマで一人の教祖によって始まり、短期間でローマ世界に広まった。その教祖は、小アジアのコンマゲネ王国からローマに連れて来られた知識人の解放奴隷だった。その教祖は自らの宗教の創始者をゾロアスターとしていたので、ミトラス教徒も自らの宗教の起源をペルシアのゾロアスターと考えていた。教祖は教義を文書化していたと思われるが、それは失われた。
キリスト教の興隆によって消滅したミトラス教の成立は、キリスト教より新しかったというのである。どの宗教も初めは新興宗教だが、ミトラス教はキリスト教より新しい新興宗教で、1世紀後半から4世紀にかけて拡大し、その後、急速に消滅する。やはり、謎の新興宗教である。
キュモンは、ミトラス教などがローマの伝統宗教を破壊してキリスト教が広まる地均しをしたと考えたそうだ。著者は、キリスト教とミトラス教の流布地域のズレからキュモン説を否定し、キリスト教普及には皇帝の上からの力が大きかったとしている。興味深い見解だ。皇帝によるキリスト教支援がなければ、ミトラス教が世界宗教になった可能性はあったかもしれない。
著者はユリアヌス帝にも言及し、彼がミトラス教徒だったことは疑いないとしている。私は9年前に辻邦生の『背教者ユリアヌス』を面白く読み、その頃、ユリアヌス関連書にも目を通したが、ユリアヌスがミトラス教徒だとは認識していなかった。あらてめて確認したくなった。
『知っておきたい「酒」の世界史』は酒の肴のような本 ― 2025年03月26日
『ワインの世界史』という文庫本を読んだのを機に、似たタイトルの次の文庫本を読んだ。
『知っておきたい「酒」の世界史』(宮崎正勝/角川ソフィア文庫)
読みやすい歴史蘊蓄エッセイである。次々にいろいろな酒が出てくるので、読んでいるだけで酔っぱらいそうになる――というか、酒が恋しくなってくる。ホロ酔い気分で読むのがいい本かもしれない。
本書を読んでいると、人類は太古から酒に魅了され、その歴史の中で実にさまざまな素材から酒を造ってきたのだとわかる。糖を発酵させて醸造酒を造り、醸造酒を蒸留して蒸留酒を造り、さらには蒸留酒にハーブやスパイスを混ぜて混成酒を造る。で、世界は多種多様な酒に満ちている。食べ物が多様なのと同じことだとは思うが、たいした執念だとも思う。
本書の冒頭近くに、遊牧民の馬乳酒や牛乳酒が出てくる。馬乳酒は保存もできる自家製の食料だったらしい。先日読んだ『酒を主食とする人々』を連想した。酒を食料にする文化は確かに存在し、それなりの合理性もあるようだ。
飲料水の代替としての酒の話も多く登場する。腐敗を避けるには水より酒の方が適していたらしい。酒を飲んでも水分補給にはならないと聞いてきたが、必ずしもそうとは言い切れないようだ。どんな酒なら水分補給になるのかはよくわからない。
本書は、私の知らなかった豆知識にあふれている。二つだけ紹介する。
バーボンは米国の「建国の父」ワシントンが初代大統領になった年に生まれた酒である。それはフランスのブルボン朝を讃える酒だった。皮肉にもその年、ブルボン朝はフランス革命で倒れる。バーボンがブルボンだとは知らなかった。
1919年から14年間、米国は禁酒法の時代だった。この時代にマフィアが大儲けしたのは知っていた。ニューヨークの酒場は禁酒法前には15000軒だったが、禁酒法時代には35000軒の「もぐり酒場」が生まれたそうだ。禁酒法が飲酒を増進させたとも言える。確かに愚かな法律である。
『知っておきたい「酒」の世界史』(宮崎正勝/角川ソフィア文庫)
読みやすい歴史蘊蓄エッセイである。次々にいろいろな酒が出てくるので、読んでいるだけで酔っぱらいそうになる――というか、酒が恋しくなってくる。ホロ酔い気分で読むのがいい本かもしれない。
本書を読んでいると、人類は太古から酒に魅了され、その歴史の中で実にさまざまな素材から酒を造ってきたのだとわかる。糖を発酵させて醸造酒を造り、醸造酒を蒸留して蒸留酒を造り、さらには蒸留酒にハーブやスパイスを混ぜて混成酒を造る。で、世界は多種多様な酒に満ちている。食べ物が多様なのと同じことだとは思うが、たいした執念だとも思う。
本書の冒頭近くに、遊牧民の馬乳酒や牛乳酒が出てくる。馬乳酒は保存もできる自家製の食料だったらしい。先日読んだ『酒を主食とする人々』を連想した。酒を食料にする文化は確かに存在し、それなりの合理性もあるようだ。
飲料水の代替としての酒の話も多く登場する。腐敗を避けるには水より酒の方が適していたらしい。酒を飲んでも水分補給にはならないと聞いてきたが、必ずしもそうとは言い切れないようだ。どんな酒なら水分補給になるのかはよくわからない。
本書は、私の知らなかった豆知識にあふれている。二つだけ紹介する。
バーボンは米国の「建国の父」ワシントンが初代大統領になった年に生まれた酒である。それはフランスのブルボン朝を讃える酒だった。皮肉にもその年、ブルボン朝はフランス革命で倒れる。バーボンがブルボンだとは知らなかった。
1919年から14年間、米国は禁酒法の時代だった。この時代にマフィアが大儲けしたのは知っていた。ニューヨークの酒場は禁酒法前には15000軒だったが、禁酒法時代には35000軒の「もぐり酒場」が生まれたそうだ。禁酒法が飲酒を増進させたとも言える。確かに愚かな法律である。
『通し狂言 仮名手本忠臣蔵』を観て新たに気づいたこと ― 2025年03月24日
歌舞伎座で『通し狂言 仮名手本忠臣蔵』を、11時開演の「昼の部」から「夜の部」の21時02分終演まで連続で観劇した。今回の公演は「Aプロ」「Bプロ」があり、一部の役者が入れ替わる。私が観たのは「Bプロ」である。「通し狂言」と言っても全十一段すべての上演ではない。演目は以下の通りだ。
〔昼の部〕
大序 鶴ヶ岡社頭兜改めの場
三段目 足利館門前進物の場
足利館松の間刃傷の場
四段目 扇ヶ谷塩冶判官切腹の場
扇ヶ谷表門城明渡しの場
浄瑠璃 道行旅路の花聟
〔夜の部〕
五段目 山崎街道鉄砲渡しの場
山崎街道二つ玉の場
六段目 与市兵衛内勘平腹切の場
七段目 祇園一力茶屋の場
十一段目 高家表門討入りの場
高家奥庭泉水の場
高家炭部屋本懐の場
引揚げの場
かなり長時間の観劇だったが、さほど長く感じなかった。開演前の「口上」と「大序」で観劇気分が盛り上がるが、大長編のダイジェストを観た気分である。
私が初めて『仮名手本忠臣蔵』を観たのは、1986年2月の歌舞伎座の「通し狂言」で、今回とほぼ同じ演目だった。39年前のあの芝居が、私の歌舞伎座初体験だった。「昼の部」と「夜の部」を別の日に観た。市川團十郎(12代目)、片岡孝夫(現・仁左衛門)、坂東玉三郎が中心の舞台だった。
9年前の2016年には、国立劇場で三部に分けて全11段を上演した公演を第1部、第2部、第3部とも観た。その他にも有名場面は何度か観ていると思う。仮名手本忠臣蔵関連の本も何冊か読んだ。『仮名手本忠臣蔵』の内容はほぼ把握しているつもりだったが、忘却力が増進しているせいもあり、今回の観劇で新たに気づいた点がいくつかあった。以前に感じたことを忘れてしまっている可能性もあるが…。
塩冶判官は、我慢の果てに限界に達して刃傷に及ぶ。だが、歌舞伎の塩冶判官は、浅野内匠頭とは少しイメージが違って、冷静で温厚な人物である。血気にはやって逆上する役割は若狭之助である。塩冶判官が高師直の挑発に乗って逆上し刃傷に及ぶのは、やや不自然に感じた。高師直が顔世御前から拒絶の文を受け取ったのが挑発の契機なのだが…
今回初めて気づいたのは、高師直が顔世御前から文箱を受領するタイミングが、お軽(と勘平)のせいでズレてしまい、それが刃傷につながったという点である。お軽と勘平の道行の背景には、お軽との逢瀬のために主君の大事に居合わせなかった勘平の後悔があると思っていた。だが、お軽が逢瀬を急ぐばかりに文箱を早く届けたことの方が重大な失態だと気づいた。
今回の観劇であらためて感じたのは、芝居に引き込まれるのは5段目、6段目、7段目であり、つまるところはお軽と勘平の物語である。考えてみれば、これはメインの四十七士の物語ではなく外伝に近い。『仮名手本忠臣蔵』が不思議な芝居に思えた。
〔昼の部〕
大序 鶴ヶ岡社頭兜改めの場
三段目 足利館門前進物の場
足利館松の間刃傷の場
四段目 扇ヶ谷塩冶判官切腹の場
扇ヶ谷表門城明渡しの場
浄瑠璃 道行旅路の花聟
〔夜の部〕
五段目 山崎街道鉄砲渡しの場
山崎街道二つ玉の場
六段目 与市兵衛内勘平腹切の場
七段目 祇園一力茶屋の場
十一段目 高家表門討入りの場
高家奥庭泉水の場
高家炭部屋本懐の場
引揚げの場
かなり長時間の観劇だったが、さほど長く感じなかった。開演前の「口上」と「大序」で観劇気分が盛り上がるが、大長編のダイジェストを観た気分である。
私が初めて『仮名手本忠臣蔵』を観たのは、1986年2月の歌舞伎座の「通し狂言」で、今回とほぼ同じ演目だった。39年前のあの芝居が、私の歌舞伎座初体験だった。「昼の部」と「夜の部」を別の日に観た。市川團十郎(12代目)、片岡孝夫(現・仁左衛門)、坂東玉三郎が中心の舞台だった。
9年前の2016年には、国立劇場で三部に分けて全11段を上演した公演を第1部、第2部、第3部とも観た。その他にも有名場面は何度か観ていると思う。仮名手本忠臣蔵関連の本も何冊か読んだ。『仮名手本忠臣蔵』の内容はほぼ把握しているつもりだったが、忘却力が増進しているせいもあり、今回の観劇で新たに気づいた点がいくつかあった。以前に感じたことを忘れてしまっている可能性もあるが…。
塩冶判官は、我慢の果てに限界に達して刃傷に及ぶ。だが、歌舞伎の塩冶判官は、浅野内匠頭とは少しイメージが違って、冷静で温厚な人物である。血気にはやって逆上する役割は若狭之助である。塩冶判官が高師直の挑発に乗って逆上し刃傷に及ぶのは、やや不自然に感じた。高師直が顔世御前から拒絶の文を受け取ったのが挑発の契機なのだが…
今回初めて気づいたのは、高師直が顔世御前から文箱を受領するタイミングが、お軽(と勘平)のせいでズレてしまい、それが刃傷につながったという点である。お軽と勘平の道行の背景には、お軽との逢瀬のために主君の大事に居合わせなかった勘平の後悔があると思っていた。だが、お軽が逢瀬を急ぐばかりに文箱を早く届けたことの方が重大な失態だと気づいた。
今回の観劇であらためて感じたのは、芝居に引き込まれるのは5段目、6段目、7段目であり、つまるところはお軽と勘平の物語である。考えてみれば、これはメインの四十七士の物語ではなく外伝に近い。『仮名手本忠臣蔵』が不思議な芝居に思えた。
桐島聡の49年に想像力を馳せた映画『逃走』 ― 2025年03月21日
ユーロスペースで映画『逃走』(監督・脚本:足立正生、主演:古舘寛治、杉田雷麟)を観た。連続企業爆破事件で指名手配された桐島聡を描いた映画である。
連続企業爆破事件(1974~1975年)を起こした東アジア反日武装戦線は「狼」「大地の牙」「さそり」の三グループから成る。メンバーの大半は1975年5月に一斉逮捕された。「さそり」の一員だった宇賀神寿一と桐島聡は一斉逮捕を免れて逃走。指名手配される。宇賀神寿一は7年後の1982年に逮捕された。
そして、昨年(2024年)1月、驚きのニュースが流れた。末期ガンで入院している内田洋という男が、自分は桐島聡だと名乗り出たのである。その4日後、男は入院中の病院で死亡した。享年70歳。警視庁はDNA鑑定などから、死亡した男は桐島聡本人と断定した。
このニュースに接してすぐに映画化を考えた足立正生監督(85歳)は、1年足らずで公開にこぎつけた。老監督のフットワークに感心する。
桐島聡の近年の生活については周辺から取材できるが、49年に及ぶ逃走生活には不明の部分が多い。映画『逃走』は、事実をベースにしたフィクションである。桐島聡が抱いたかもしれない心象風景や妄想も織り込んでいる。
よくできた面白い映画だった。桐島聡の後半生を、逃走=闘争ととらえている。末期の病床での名乗りは、逃走貫徹=闘争貫徹を仲間たち伝えるメッセージだった。明解な解釈である。と言っても、49年の逃走人生には悲哀も葛藤もある。日常的な実生活に、妄想世界での別の自分との自問自答や時間を超えた仲間との会話のシーンが重なり、逃走=闘争の日々の姿が重層的に浮かび上がってくる。
桐島聡の指名手配写真は印象的な笑顔だ。逃走を開始した直後、指名手配写真を見た桐島聡は「笑顔禁止」だと自分に言い聞かせる。その滑稽な決意が面白い。「日本中にいつも笑顔をありがとう」という台詞には笑えた。
連続企業爆破事件のリーダたちは私とほぼ同世代で、桐島聡は6歳下だ。往時茫々の思いにとらわれる。だが、私より9歳上の足立正生監督は現役で活躍している。
私たちの学生時代(半世紀以上昔)、足立正生はある種のスター映画人だった。映画を撮るためにパレスチナに行き、日本赤軍の創設に関わり、国際指名手配される。22年に及ぶ海外生活の後、レバノンで逮捕・収監され、3年の禁固刑を終えて帰国(強制送還)する。表現者と実践者が融合した特異な人だ。そんな人が85歳になっても意気軒高なのである。当方も背筋を伸ばさねばという気になる。
連続企業爆破事件(1974~1975年)を起こした東アジア反日武装戦線は「狼」「大地の牙」「さそり」の三グループから成る。メンバーの大半は1975年5月に一斉逮捕された。「さそり」の一員だった宇賀神寿一と桐島聡は一斉逮捕を免れて逃走。指名手配される。宇賀神寿一は7年後の1982年に逮捕された。
そして、昨年(2024年)1月、驚きのニュースが流れた。末期ガンで入院している内田洋という男が、自分は桐島聡だと名乗り出たのである。その4日後、男は入院中の病院で死亡した。享年70歳。警視庁はDNA鑑定などから、死亡した男は桐島聡本人と断定した。
このニュースに接してすぐに映画化を考えた足立正生監督(85歳)は、1年足らずで公開にこぎつけた。老監督のフットワークに感心する。
桐島聡の近年の生活については周辺から取材できるが、49年に及ぶ逃走生活には不明の部分が多い。映画『逃走』は、事実をベースにしたフィクションである。桐島聡が抱いたかもしれない心象風景や妄想も織り込んでいる。
よくできた面白い映画だった。桐島聡の後半生を、逃走=闘争ととらえている。末期の病床での名乗りは、逃走貫徹=闘争貫徹を仲間たち伝えるメッセージだった。明解な解釈である。と言っても、49年の逃走人生には悲哀も葛藤もある。日常的な実生活に、妄想世界での別の自分との自問自答や時間を超えた仲間との会話のシーンが重なり、逃走=闘争の日々の姿が重層的に浮かび上がってくる。
桐島聡の指名手配写真は印象的な笑顔だ。逃走を開始した直後、指名手配写真を見た桐島聡は「笑顔禁止」だと自分に言い聞かせる。その滑稽な決意が面白い。「日本中にいつも笑顔をありがとう」という台詞には笑えた。
連続企業爆破事件のリーダたちは私とほぼ同世代で、桐島聡は6歳下だ。往時茫々の思いにとらわれる。だが、私より9歳上の足立正生監督は現役で活躍している。
私たちの学生時代(半世紀以上昔)、足立正生はある種のスター映画人だった。映画を撮るためにパレスチナに行き、日本赤軍の創設に関わり、国際指名手配される。22年に及ぶ海外生活の後、レバノンで逮捕・収監され、3年の禁固刑を終えて帰国(強制送還)する。表現者と実践者が融合した特異な人だ。そんな人が85歳になっても意気軒高なのである。当方も背筋を伸ばさねばという気になる。
『ワインの世界史』は西欧文化史 ― 2025年03月19日
私は人並に酒を飲む。主にビールや日本酒だが、焼酎、ウイスキー、ワインも飲む。ワインの良し悪しはよくわからない。数多あるワイン本などは読んだことがない。ワインに関する知識はない。にもかかわらず、次の文庫本を読んだ。
『ワインの世界史』(山本博/日経ビジネス人文庫)
昨年読んだ『砂糖の世界史』や『コーヒーが廻り世界史が廻る』で、産品をテーマにした歴史書は面白いと思った。その延長でワインの世界史も読んでみたくなったのだ。
本書の著者は歴史学者ではなくワイン通の弁護士である。弁護士として活躍しながら40冊以上のワイン関連本を書いているそうだ。世界ソムリエコンクール日本代表審査委員、日本輸入ワイン協会会長も務めている。
軽い歴史エッセイと思って読み始めたが、コクのある歴史書だった。全10章の各章末には、数十冊の参考文献リストがあり、〇(重要)や□(一般向け)などを付している。広範な知識をベースにした親切な本である。
本書は古代から現代までのワインの歴史を概説している。メソポタミアで生まれ、エジプトで育てられたワインは、ギリシアでひとまず完成する。ヘレニズムの世界、ヘブライズムの世界、新約聖書の世界でもワインは重要は役割を担う。ローマ世界で貴族のワインと庶民のワインに分化したワインは、中世には多様化し、ルネサンスの時代には知と理性のワインとなり、フランス革命を経てワインの理想美が作られる。
ワインを視座にした西欧文化史の変遷は興味深い。私が特に注目したのは、ギボンの『ローマ帝国衰亡史』に関する言及である。私は、ちくま学芸文庫版の『衰亡史』(全10巻)をのんびり再読中なので、ギボンに関する記述に目が行くのだ。著者は次のように指摘している。
「ローマ皇帝ユリアヌスがペルシャに遠征した時の状況が有名なギボンの『ローマ帝国衰亡史』にも書かれているが、その中で「ワインの使用だけは固く禁じ」とある節がしばしば誤解されて引用されている」
ユリアヌスは兵士の食用に大量の酢(vinegar)を用意したがワイン(wine)の使用を禁じた、とギボンは書いている。著者によれば、この場合の酢(vinegar)は「酸っぱい下級ワイン」、ワイン(wine)は「貴族用の高級ワイン」を指すそうだ。ユリアヌスは将校も兵士と同じ「下級ワイン」で我慢させた、というのがギボンの記述の主旨のようだ。
ちくま学芸文庫版(中野好夫訳)で該当箇所(第4巻P30)を確認すると、vinegarは「酢」、wineは「酒類」と訳している。特に訳註はない。著者の指摘が正しければ誤訳に近い。この指摘を知っただけでも、本書を読んだ価値があった。
本書の終盤の現代世界のワイン状況の話は、あまりに細かな話になり、ワイン門外漢の私には馬の耳に念仏に近かった。ワインについて少し勉強して読み返せば面白いのだろうが、そんな日がくるかどうかはわからない。
『ワインの世界史』(山本博/日経ビジネス人文庫)
昨年読んだ『砂糖の世界史』や『コーヒーが廻り世界史が廻る』で、産品をテーマにした歴史書は面白いと思った。その延長でワインの世界史も読んでみたくなったのだ。
本書の著者は歴史学者ではなくワイン通の弁護士である。弁護士として活躍しながら40冊以上のワイン関連本を書いているそうだ。世界ソムリエコンクール日本代表審査委員、日本輸入ワイン協会会長も務めている。
軽い歴史エッセイと思って読み始めたが、コクのある歴史書だった。全10章の各章末には、数十冊の参考文献リストがあり、〇(重要)や□(一般向け)などを付している。広範な知識をベースにした親切な本である。
本書は古代から現代までのワインの歴史を概説している。メソポタミアで生まれ、エジプトで育てられたワインは、ギリシアでひとまず完成する。ヘレニズムの世界、ヘブライズムの世界、新約聖書の世界でもワインは重要は役割を担う。ローマ世界で貴族のワインと庶民のワインに分化したワインは、中世には多様化し、ルネサンスの時代には知と理性のワインとなり、フランス革命を経てワインの理想美が作られる。
ワインを視座にした西欧文化史の変遷は興味深い。私が特に注目したのは、ギボンの『ローマ帝国衰亡史』に関する言及である。私は、ちくま学芸文庫版の『衰亡史』(全10巻)をのんびり再読中なので、ギボンに関する記述に目が行くのだ。著者は次のように指摘している。
「ローマ皇帝ユリアヌスがペルシャに遠征した時の状況が有名なギボンの『ローマ帝国衰亡史』にも書かれているが、その中で「ワインの使用だけは固く禁じ」とある節がしばしば誤解されて引用されている」
ユリアヌスは兵士の食用に大量の酢(vinegar)を用意したがワイン(wine)の使用を禁じた、とギボンは書いている。著者によれば、この場合の酢(vinegar)は「酸っぱい下級ワイン」、ワイン(wine)は「貴族用の高級ワイン」を指すそうだ。ユリアヌスは将校も兵士と同じ「下級ワイン」で我慢させた、というのがギボンの記述の主旨のようだ。
ちくま学芸文庫版(中野好夫訳)で該当箇所(第4巻P30)を確認すると、vinegarは「酢」、wineは「酒類」と訳している。特に訳註はない。著者の指摘が正しければ誤訳に近い。この指摘を知っただけでも、本書を読んだ価値があった。
本書の終盤の現代世界のワイン状況の話は、あまりに細かな話になり、ワイン門外漢の私には馬の耳に念仏に近かった。ワインについて少し勉強して読み返せば面白いのだろうが、そんな日がくるかどうかはわからない。
アガサ・クリスティーと中島敦をまとめ読みしたわけ ― 2025年03月16日
次の2冊の小説をたて続けに読んだ。
『メソポタミヤの殺人』(アガサ・クリスティー/田村義進訳/ハヤカワ文庫)
『文字禍・牛人』(中島敦/角川文庫)
アガサ・クリスティーと中島敦、かなり異質の取り合わせだが関連がある。先日読んだ『アッシリア全史』が『メソポタミヤの殺人』と『文字禍』に触れていたのだ。二つの小説の共通項はアッシリアである。私はどちらも読んでいないので、ネット書店で入手して読んだ。ゴチャゴチャした歴史で疲れた頭をミステリー小説でほぐしたくなったのである。
『アッシリア全史』では、メソポタミアの遺跡発掘に関連して、考古学者として発掘に携わると同時に英国の諜報活動をしていた「アラビアのロレンス」に触れ、「女王」と呼ばれた二人の英国人女性に言及している。ひとりはガートルード・ベルである。女性版ロレンスと言われたりするが、ロレンスより20歳年長だ。「砂漠の女王」「イラク建国の母」と呼ばれる考古学者・紀行作家・英国特使である。私は8年前、彼女を描いた映画『アラビアの女王』を観た。
もうひとりの女王がアガサ・クリスティーである。クリスティの再婚相手は14歳年下の考古学者のマックス・マロワンで、メソポタミアの遺跡発掘に参加していた。カルフでの発掘にはクリスティも同行し、発掘作業を手伝いながら『メソポタミヤの殺人』を執筆したそうだ。
そんな事情を知ったうえで『メソポタミヤの殺人』を読んだ。遺跡発掘隊を舞台にしたミステリーである。遺跡名は架空のようだが、実際の地名もいくつか出てくるので、およその場所は見当がつく。遺跡発掘隊の話を読みながら、実体験に基づいたであろう描写を楽しんだ。イラクに思いをはせながら発掘現場を疑似体験できた。ただし、ミステリーとしてはやや強引な無理筋に思えた。
中島敦の『文字禍』はアッシリアを舞台にした小説である。33歳で夭折したこの作家の『山月記』は教科書で読んだ。『李陵』など中国を舞台にした短篇をいくつ読んだ記憶はあるが、アッシリアの話は読んでいない。入手した角川文庫の『文字禍・牛人』は、6つの短篇を収録していた。『狐憑』『木乃伊』『文字禍』『牛人』『斗南先生』『虎狩』である。
『文字禍』はアッシュルバニパル王の時代の老学者の話である。19世紀にニネヴェ遺跡で発掘された「アッシュルバニバル」の図書館が登場する。楔形文字を刻んだ粘土板を収集した図書館を、中島敦は「書物は瓦であり、図書館は瀬戸物屋の倉庫に似ていた」と表現している。文字の発明によって人間が失ったものを考察した端正な短篇である。面白かった。
『狐憑』はスキタイ人の話、『木乃伊』の舞台は古代エジプトである。中国のイメージが強い中島敦の視野の広さと教養の深さに驚いた。『牛人』は中国の奇譚、『斗南先生』と『虎狩』は私小説風だが、私にとっては異世界の話だ。久々に漢字を多用した中島敦の短篇を読み、異境感に浸った。
『メソポタミヤの殺人』(アガサ・クリスティー/田村義進訳/ハヤカワ文庫)
『文字禍・牛人』(中島敦/角川文庫)
アガサ・クリスティーと中島敦、かなり異質の取り合わせだが関連がある。先日読んだ『アッシリア全史』が『メソポタミヤの殺人』と『文字禍』に触れていたのだ。二つの小説の共通項はアッシリアである。私はどちらも読んでいないので、ネット書店で入手して読んだ。ゴチャゴチャした歴史で疲れた頭をミステリー小説でほぐしたくなったのである。
『アッシリア全史』では、メソポタミアの遺跡発掘に関連して、考古学者として発掘に携わると同時に英国の諜報活動をしていた「アラビアのロレンス」に触れ、「女王」と呼ばれた二人の英国人女性に言及している。ひとりはガートルード・ベルである。女性版ロレンスと言われたりするが、ロレンスより20歳年長だ。「砂漠の女王」「イラク建国の母」と呼ばれる考古学者・紀行作家・英国特使である。私は8年前、彼女を描いた映画『アラビアの女王』を観た。
もうひとりの女王がアガサ・クリスティーである。クリスティの再婚相手は14歳年下の考古学者のマックス・マロワンで、メソポタミアの遺跡発掘に参加していた。カルフでの発掘にはクリスティも同行し、発掘作業を手伝いながら『メソポタミヤの殺人』を執筆したそうだ。
そんな事情を知ったうえで『メソポタミヤの殺人』を読んだ。遺跡発掘隊を舞台にしたミステリーである。遺跡名は架空のようだが、実際の地名もいくつか出てくるので、およその場所は見当がつく。遺跡発掘隊の話を読みながら、実体験に基づいたであろう描写を楽しんだ。イラクに思いをはせながら発掘現場を疑似体験できた。ただし、ミステリーとしてはやや強引な無理筋に思えた。
中島敦の『文字禍』はアッシリアを舞台にした小説である。33歳で夭折したこの作家の『山月記』は教科書で読んだ。『李陵』など中国を舞台にした短篇をいくつ読んだ記憶はあるが、アッシリアの話は読んでいない。入手した角川文庫の『文字禍・牛人』は、6つの短篇を収録していた。『狐憑』『木乃伊』『文字禍』『牛人』『斗南先生』『虎狩』である。
『文字禍』はアッシュルバニパル王の時代の老学者の話である。19世紀にニネヴェ遺跡で発掘された「アッシュルバニバル」の図書館が登場する。楔形文字を刻んだ粘土板を収集した図書館を、中島敦は「書物は瓦であり、図書館は瀬戸物屋の倉庫に似ていた」と表現している。文字の発明によって人間が失ったものを考察した端正な短篇である。面白かった。
『狐憑』はスキタイ人の話、『木乃伊』の舞台は古代エジプトである。中国のイメージが強い中島敦の視野の広さと教養の深さに驚いた。『牛人』は中国の奇譚、『斗南先生』と『虎狩』は私小説風だが、私にとっては異世界の話だ。久々に漢字を多用した中島敦の短篇を読み、異境感に浸った。
アッシリア帝国はその後の帝国の原型 ― 2025年03月13日
2カ月前(2025年1月)に出た次の新書を読んだ。
『アッシリア全史:都市国家から世界帝国までの1400年』(小林登志子/中公新書)
同じ著者の『古代メソポタミア全史』を読んだばかりで、1年前には『古代オリエント全史』を読んだ。ゴチャゴチャした複雑な歴史だから、読んでも内容の大半は頭に残っていない。同じ著者の似た内容の本を続けて読めば、多少なりとも記憶に留まる部分があるだろうと思ってこの新刊を読んだ。
オリエント > メソポタミア > アッシリアという関係だから、徐々に詳しくなってくる。実は、昨年末に『沈黙する神々の帝国:アッシリアとペルシア』(本村凌二)も読んでいる。アッシリアについては、この辺で十分という気がする。ただ、アッシリアという言葉には紀元前の古代史の象徴を感じる。
アッシリアには「最古の帝国」「強圧の帝国」のイメージがある。文明発祥の地とされるメソポタミアには、アッシリア以前にアッカド王国、ウル第三王朝という領域国家があったが、帝国と呼ばれるのは、メソポタミア全体とエジプトを支配したアッシリが最初だ。
と言っても、いきなり帝国が誕生したわけではない。それ以前の都市国家、領域国家の時代を含めて1400年の歴史がある。帝国となった新アッシリア時代は前1000年頃から前609年までの約400年である。帝国末期の30年については記録が残ってなく、どのように滅亡したかは不明確だそうだ。『旧約聖書』には、神を恐れぬ行動ゆえに滅ぼされたとあるらしい。
本書はアッシリア帝国の構成について、かなり詳しく記述している。国家中枢の官僚組織、州行政、属国統治、交通・通信網などが整備されていたそうだ。まさに帝国の原型が出来上がっていたのだと感心した。その後に興亡する数多の帝国(アケメネス朝、ローマ、漢、ビザンツ等々)の統治形態はアッシリア帝国をなぞっただけに思えてくる。人間の集団が拡大していく様は、遠い古代からさほど変わっていないのかもしれない。
本書には数多くの人名が出てくる。そのなかで、高校世界史にも登場するアッシリア王はアッシュル・バニパルとサルゴン2世ぐらいだ。
アッシリア帝国全盛期の王アッシュル・バニパルに関する本書の記述は興味深い。読み書きができる「学者王」であることを自慢している。粘土板文書を収集した図書館も作っている。戦争の命令は下すが親征はしない。戦場が怖かったらしい。強圧の帝国の王らしからぬ人である。
高校世界史に登場する最古の個人名は、アッカド王国のサルゴン王だそうだ。アッシリア帝国のサルゴン2世は、アッカド王国に同名の王がいたから2世だと思っていたが、私の勘違いだった。考えてみれば、違う王朝なのに2世はあり得ない。本書のアッシリア王名一覧には古アッシリア時代にサルゴン1世が載っていた。ちなみに、サルゴンは「真の王」という意味で、簒奪王が名乗ることが多いらしい。
『アッシリア全史:都市国家から世界帝国までの1400年』(小林登志子/中公新書)
同じ著者の『古代メソポタミア全史』を読んだばかりで、1年前には『古代オリエント全史』を読んだ。ゴチャゴチャした複雑な歴史だから、読んでも内容の大半は頭に残っていない。同じ著者の似た内容の本を続けて読めば、多少なりとも記憶に留まる部分があるだろうと思ってこの新刊を読んだ。
オリエント > メソポタミア > アッシリアという関係だから、徐々に詳しくなってくる。実は、昨年末に『沈黙する神々の帝国:アッシリアとペルシア』(本村凌二)も読んでいる。アッシリアについては、この辺で十分という気がする。ただ、アッシリアという言葉には紀元前の古代史の象徴を感じる。
アッシリアには「最古の帝国」「強圧の帝国」のイメージがある。文明発祥の地とされるメソポタミアには、アッシリア以前にアッカド王国、ウル第三王朝という領域国家があったが、帝国と呼ばれるのは、メソポタミア全体とエジプトを支配したアッシリが最初だ。
と言っても、いきなり帝国が誕生したわけではない。それ以前の都市国家、領域国家の時代を含めて1400年の歴史がある。帝国となった新アッシリア時代は前1000年頃から前609年までの約400年である。帝国末期の30年については記録が残ってなく、どのように滅亡したかは不明確だそうだ。『旧約聖書』には、神を恐れぬ行動ゆえに滅ぼされたとあるらしい。
本書はアッシリア帝国の構成について、かなり詳しく記述している。国家中枢の官僚組織、州行政、属国統治、交通・通信網などが整備されていたそうだ。まさに帝国の原型が出来上がっていたのだと感心した。その後に興亡する数多の帝国(アケメネス朝、ローマ、漢、ビザンツ等々)の統治形態はアッシリア帝国をなぞっただけに思えてくる。人間の集団が拡大していく様は、遠い古代からさほど変わっていないのかもしれない。
本書には数多くの人名が出てくる。そのなかで、高校世界史にも登場するアッシリア王はアッシュル・バニパルとサルゴン2世ぐらいだ。
アッシリア帝国全盛期の王アッシュル・バニパルに関する本書の記述は興味深い。読み書きができる「学者王」であることを自慢している。粘土板文書を収集した図書館も作っている。戦争の命令は下すが親征はしない。戦場が怖かったらしい。強圧の帝国の王らしからぬ人である。
高校世界史に登場する最古の個人名は、アッカド王国のサルゴン王だそうだ。アッシリア帝国のサルゴン2世は、アッカド王国に同名の王がいたから2世だと思っていたが、私の勘違いだった。考えてみれば、違う王朝なのに2世はあり得ない。本書のアッシリア王名一覧には古アッシリア時代にサルゴン1世が載っていた。ちなみに、サルゴンは「真の王」という意味で、簒奪王が名乗ることが多いらしい。
青年座の『Lovely wife』はブラック・コメディ ― 2025年03月11日
本多劇場で劇団青年座公演『Lovely wife』(作・演出:根本宗子、出演:高畑淳子、岩松了、他)を観た。
根本宗子は35歳の劇作家・演出家・元女優である。私はこの芝居のチラシで初めてこの人を知った。『Lovely wife』は彼女が青年座のために書いた新作だそうだ。チラシには、芝居の内容に関する記述が全くない。題名と出演者だけの情報でチケットを購入したのは、未知の若い作家の新作に接するのも一興だと思ったからである。
題名とチラシの写真から、ホーム・コメディだろうと想像した。確かにホーム・コメディに近かった。笑える場面が多い。だが、かなり苦い。ブッ飛んだ展開もある。チラシ写真のようなラーメンを食する場面はなかった。演劇ならではの仕掛けを駆使した面白い芝居だった。
65歳になった夫婦を巡る話である。妻の秋江(高畑淳子)は編集者、夫(岩松了)は作家である。昔、若い女性編集者(秋江)が若い作家を担当し、二人は結婚する。夫は売れっ子作家となり、他の若い女性編集者との浮気をくり返す。いまや、夫婦の間は冷え切っている――という設定である。
芝居の冒頭近く、秋江と幼馴染の親友(伊勢志摩)との会話シーンがある。独身の親友は売れっ子の装丁家である。気の置けない親友同士の楽しげな会話だが、その内容は尋常でない。装丁家は自身が同性愛者だとカミングアウトし、恋愛対象が親友の秋江だったと告白する。同性愛者でない秋江は、65歳になってからの幼馴染の告白に驚く――といっても、スゴク驚いているようには見えない。
装丁家は秋江に「あんな亭主と別れて自分と一緒に暮らそう」と提案する。秋江にとっても検討の余地のある提案のようだ。この導入部を観て、一体どんな展開になるのやらと驚いた。だが、同性愛方向に話が進展するわけではなく、装丁家は芝居全体のコミカルな舞台回しだった。
この芝居は、現在の場面に過去の追憶場面が重なる。追憶場面では若い役者が夫婦を演じる。だが、装丁家だけは現在も追憶場面も同じ役者である。過去と現在を自在に行き来するのだ。
舞台回しだけでなく回り舞台も活用している。舞台が回ると「夫妻の居間」「カフェ」「ホテルの宴会場」に場面が転換する。夫は、都合が悪くなると舞台の回転を命じて自ら場面転換を図る。だから、舞台は何度も回る。場面転換と現在・過去を錯綜させながらテンポよく芝居が進行する。こんな方法があったのだと感心した。
根本宗子は35歳の劇作家・演出家・元女優である。私はこの芝居のチラシで初めてこの人を知った。『Lovely wife』は彼女が青年座のために書いた新作だそうだ。チラシには、芝居の内容に関する記述が全くない。題名と出演者だけの情報でチケットを購入したのは、未知の若い作家の新作に接するのも一興だと思ったからである。
題名とチラシの写真から、ホーム・コメディだろうと想像した。確かにホーム・コメディに近かった。笑える場面が多い。だが、かなり苦い。ブッ飛んだ展開もある。チラシ写真のようなラーメンを食する場面はなかった。演劇ならではの仕掛けを駆使した面白い芝居だった。
65歳になった夫婦を巡る話である。妻の秋江(高畑淳子)は編集者、夫(岩松了)は作家である。昔、若い女性編集者(秋江)が若い作家を担当し、二人は結婚する。夫は売れっ子作家となり、他の若い女性編集者との浮気をくり返す。いまや、夫婦の間は冷え切っている――という設定である。
芝居の冒頭近く、秋江と幼馴染の親友(伊勢志摩)との会話シーンがある。独身の親友は売れっ子の装丁家である。気の置けない親友同士の楽しげな会話だが、その内容は尋常でない。装丁家は自身が同性愛者だとカミングアウトし、恋愛対象が親友の秋江だったと告白する。同性愛者でない秋江は、65歳になってからの幼馴染の告白に驚く――といっても、スゴク驚いているようには見えない。
装丁家は秋江に「あんな亭主と別れて自分と一緒に暮らそう」と提案する。秋江にとっても検討の余地のある提案のようだ。この導入部を観て、一体どんな展開になるのやらと驚いた。だが、同性愛方向に話が進展するわけではなく、装丁家は芝居全体のコミカルな舞台回しだった。
この芝居は、現在の場面に過去の追憶場面が重なる。追憶場面では若い役者が夫婦を演じる。だが、装丁家だけは現在も追憶場面も同じ役者である。過去と現在を自在に行き来するのだ。
舞台回しだけでなく回り舞台も活用している。舞台が回ると「夫妻の居間」「カフェ」「ホテルの宴会場」に場面が転換する。夫は、都合が悪くなると舞台の回転を命じて自ら場面転換を図る。だから、舞台は何度も回る。場面転換と現在・過去を錯綜させながらテンポよく芝居が進行する。こんな方法があったのだと感心した。
最近のコメント