ハヤカワ・SF・シリーズ第1作の『盗まれた街』で1950年代に浸る ― 2025年11月20日
『筒井康隆自伝』がきっかけで古い翻訳SFを読んだ。かの銀背表紙「ハヤカワ・SF・シリーズ」の記念すべき1番目の作品である。発行日は1957年12月31日だ。なぜか3001番からスタートしている。
『盗まれた街』(ジャック・フィニィ/福島正実訳/ハヤカワ・ファンタジー/早川書房)
「ハヤカワ・SF・シリーズ」は刊行当初の何十点かは「ハヤカワ・ファンタジー」という名だった。背表紙の白抜き赤の表示も「SF」でなく「HF」だ。1959年12月の『SFマガジン』創刊後に「ハヤカワ・ファンタジー」から「ハヤカワ・SF・シリーズ」に変わり、初期の作品も重版時には「ハヤカワ・SF・シリーズ」になった。
『筒井康隆自伝』には次の記述がある。
「実は役者をやめた時以来、ミステリー作家を狙ってもいたのだ。だからハヤカワのポケット・ミステリで外国の新しいミステリーが出るたびに熟読し、『盗まれた街』を読んだのもそうした作業の一環だったのである。(…)『盗まれた街』の福島正実のあとがきには、大戦中に大発展したアメリカのSFのことが書かれていた。」
これを読み、福島正実の文章を確認したくなって書架の『盗まれた街』を引っ張り出したが、福島正実の「あとがき」はない。都築道夫の解説があるだけで、その末尾に「現代のアメリカ・サイエンス・フィクションについては、本シリーズ二冊め以後の作品解説にゆずることにする」とある。筒井氏は別の本と混同したようだ。
――で、大昔の『盗まれた街』を引っ張り出した私は、このSFを読まねばと思ったのである。私はこの有名作の内容を知っているが、実は本書は未読だったのだ。私が中学のとき(1961~1963年)に購読していた『中学〇年コース』には、薄い文庫本の付録がついていた。私はその付録文庫本で『盗まれた街』を読んだ。とても怖いSFで印象に残った。訳者は福島正実だったと思う。高校生になって内外のSFを読むようになり、中学の時に読んだ『盗まれた街』はダイジェストだと認識し、ハヤカワ版を入手した。いずれ読もうと思いつつ、内容を知っているので後回しになり、半世紀以上の月日が流れた。
2025年になって読んだ『盗まれた街』は馥郁たるノスタルジックな空気が流れるクラシックなSFだった。21世紀の現代からは遠い昔の1950年代の米国西部の小さな町が舞台だ。サスペンスからSFへと展開していく侵略モノである。原著の刊行は1955年なので、2年後の訳書刊行はかなり早い。
中学生のとき、大きな豆の莢(さや)から複製人間が生まれてくるシーンを読んで背筋が寒くなったが、多様なSFに馴れた現代の目から見ればさほどでもない。侵略者が何となくマヌケに見えてきて、古きよき時代の長閑さまで感じてしまう。と言っても十分に楽しめた。1950年代の雰囲気を味わえる古典的名作だと思う。
『盗まれた街』(ジャック・フィニィ/福島正実訳/ハヤカワ・ファンタジー/早川書房)
「ハヤカワ・SF・シリーズ」は刊行当初の何十点かは「ハヤカワ・ファンタジー」という名だった。背表紙の白抜き赤の表示も「SF」でなく「HF」だ。1959年12月の『SFマガジン』創刊後に「ハヤカワ・ファンタジー」から「ハヤカワ・SF・シリーズ」に変わり、初期の作品も重版時には「ハヤカワ・SF・シリーズ」になった。
『筒井康隆自伝』には次の記述がある。
「実は役者をやめた時以来、ミステリー作家を狙ってもいたのだ。だからハヤカワのポケット・ミステリで外国の新しいミステリーが出るたびに熟読し、『盗まれた街』を読んだのもそうした作業の一環だったのである。(…)『盗まれた街』の福島正実のあとがきには、大戦中に大発展したアメリカのSFのことが書かれていた。」
これを読み、福島正実の文章を確認したくなって書架の『盗まれた街』を引っ張り出したが、福島正実の「あとがき」はない。都築道夫の解説があるだけで、その末尾に「現代のアメリカ・サイエンス・フィクションについては、本シリーズ二冊め以後の作品解説にゆずることにする」とある。筒井氏は別の本と混同したようだ。
――で、大昔の『盗まれた街』を引っ張り出した私は、このSFを読まねばと思ったのである。私はこの有名作の内容を知っているが、実は本書は未読だったのだ。私が中学のとき(1961~1963年)に購読していた『中学〇年コース』には、薄い文庫本の付録がついていた。私はその付録文庫本で『盗まれた街』を読んだ。とても怖いSFで印象に残った。訳者は福島正実だったと思う。高校生になって内外のSFを読むようになり、中学の時に読んだ『盗まれた街』はダイジェストだと認識し、ハヤカワ版を入手した。いずれ読もうと思いつつ、内容を知っているので後回しになり、半世紀以上の月日が流れた。
2025年になって読んだ『盗まれた街』は馥郁たるノスタルジックな空気が流れるクラシックなSFだった。21世紀の現代からは遠い昔の1950年代の米国西部の小さな町が舞台だ。サスペンスからSFへと展開していく侵略モノである。原著の刊行は1955年なので、2年後の訳書刊行はかなり早い。
中学生のとき、大きな豆の莢(さや)から複製人間が生まれてくるシーンを読んで背筋が寒くなったが、多様なSFに馴れた現代の目から見ればさほどでもない。侵略者が何となくマヌケに見えてきて、古きよき時代の長閑さまで感じてしまう。と言っても十分に楽しめた。1950年代の雰囲気を味わえる古典的名作だと思う。
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