二通りの結末がある『人間ども集まれ!(完全版)』2025年11月03日

『人間ども集まれ!(完全版)』(手塚治虫/実業之日本社)
 先日読んだ『進化という迷宮』は手塚治虫が1960年に発表した博士論文の一節を紹介していた。タニシの精子に関する論文である。タニシには通常の精子とは別に異型精子という変わった精子があるそうだ。この論文の話は手塚治虫の『人間ども集まれ!』という長編SFマンガの紹介につながる。特殊な精子をもつ人間が引き起こす凄まじいストーリーらしい。興味がわき、ネット書店で入手して読んだ。

 『人間ども集まれ!(完全版)』(手塚治虫/実業之日本社)

 約660頁の分厚いマンガである。この作品は1967年から1968年にかけて「週刊漫画サンデー」(実業之日本社)に連載された。大学生がマンガを読むと揶揄された時代だ。当時、大学生だった私は「少年マガジン」「少年サンデー」「ガロ」「COM」などには目を通していたが、大人マンガ雑誌の「週刊漫画サンデー」はフォローしていなかった。

 『人間ども集まれ!』の描線は手塚治虫の少年マンガとは異なる。小島功のような大人マンガの描線だ。『SFマガジン』に手塚治虫が連載していた「SFファンシーフリー」に似ている。

 主人公の名は天下太平。とぼけたユーモア・マンガの雰囲気でシリアスなストーリー・マンガに仕立てている。時代は19XX年、東南アジアの独裁国家の戦場に義勇兵として送られた天下太平が脱走兵となり、波乱万丈の物語をくり広げる。

 天下太平は特殊な精子の持ち主で、その精子から生まれた子は男性でも女性でもない無性人間になる。生殖能力にない無性人間は働きバチのように命令に従順で協調性が高い。兵士として有能なのだ。天下太平の精子はシボリ取られ、人工授精によって無性人間が大量に商品として生産される――という物語である。かなり面白いSFだと思う。

 約660頁のこの本、430頁で話は完結する。それが単行本版なのだ。だが、雑誌連載時の結末部分は単行本とはかなり異なっているそうだ。本書は雑誌連載の結末部分約180頁も収録している。それ故に「完全版」と謳っているのだ。多数の論者による解説も収録している。

 異なる二つの結末がある物語というのは面白い。『人間ども集まれ!』は人間の道具のように扱われてきた無性人間の反乱の物語である。反乱に成功した無性人間たちは「人間ども集まれ!」と号令し、人間の男女を去勢していく。新たな人間は人工授精で供給される。雑誌連載の結末は、無性人間が性に目覚めていくハッピーエンド(?)である。単行本版では、人間どもの去勢は継続し、世界は無性人間の時代になっていく。

 こんな二つの結末を構想した手塚治虫の「迷い」が興味深い。本書の解説で、夢枕獏は「雑誌版のハッピーエンドの方が好きだ」と述べ、夏目房之介も「雑誌版の方が面白い」と語っている。その気持ちはわかる。だが、単行本化にあたってあえて結末を変えた手塚治虫には、世の中の現状に妥協したくないというストラッグルがあったはずだ。私は単行本版の方がいいと思う。