『滝沢家の内乱』を観て八犬伝を読まねばと感じたが… ― 2025年07月02日
かめありリリオホールで加藤健一事務所公演『滝沢家の内乱』(作:吉永仁郎、演出:加藤健一、出演:加藤健一、加藤忍)を観た。
滝沢馬琴(加藤健一)と馬琴の息子の嫁・お路(加藤忍)の話である。舞台は最初から最後まで馬琴の屋敷の一部(馬琴の仕事部屋など)で変わらない。経過する時間はお路が嫁いできた直後から馬琴が亡くなるまでの二十数年と長い。
この芝居の登場人物は二人だけである。馬琴の屋敷には馬琴の妻や息子、女中なども住んでいる。だが舞台には登場しない。妻と息子は別室から声だけが聞こえる。声の出演は高畑淳子(妻)と風間杜夫(息子)だ。シンプルな二人芝居という趣向がいい。馬琴をめぐる世間や家族との葛藤がくっきり浮かび上がってくる。
お路が嫁いできたとき、馬琴はすでに有名な戯作者で、八犬伝の出版も始まっている。馬琴は八犬伝の執筆に28年を費やし、書き上げた6年後に82歳で亡くなる。執筆途中で馬琴は失明し、終盤はお路が口述筆記する。当初、仮名しか書けなかったお路は漢字を学び、口述筆記という大役を全うする。私は、この感動的な話を以前に小説で読んだことがある。あらためて舞台で見て、偏屈な馬琴と天真爛漫なお路との取り合わせの妙を感じた。お路が魅力的である。
この芝居の初演は2011年で今回は4演目だそうだ。私は3年前、同じ作家による加藤健一の芝居『夏の盛りの蝉のように』を観た。葛飾北斎が主人公の『夏の盛りの…』には北斎が馬琴の悪口を言うシーンがあった。『滝沢家の内乱』に北斎への言及はない。だが、渡辺崋山は両方の芝居で重要な役割を担っている。二つの芝居が表裏の関係にあるように感じられる。
私が馬琴と息子の嫁の話を知った小説は、かなり以前(30年ぐらい昔)に読んだ山田風太郎の『八犬伝』である。八犬伝の物語「虚の世界」と、八犬伝を執筆する馬琴を描いた「実の世界」を交互に積み重ねて展開する面白い小説だった。この小説は昨年映画化されているが観ていない。
私が八犬伝に魅せられたのは大昔(60年以上前)の小学生の時だ。ジュニア版の八犬伝を読んで、なんと面白い物語だろうと感動した。いつの日か原作『南総里見八犬伝』を読みたいと思った。だが、いまだに果たしていない。『椿説弓張月』を読んだのは13年前で、次は『南総里見八犬伝』の原文に挑戦しようと思ったのだが、いたずらに年月が流れた。
今回『滝沢家の内乱』を観て、『南総里見八犬伝』が未読なのを思い出した。実は、新潮日本古典集成別巻『南総里見八犬伝』(全12巻)は何年か前に入手している。気がかりな本なのだ。あの長い物語に取り組む日が来るかどうかはわからない。
滝沢馬琴(加藤健一)と馬琴の息子の嫁・お路(加藤忍)の話である。舞台は最初から最後まで馬琴の屋敷の一部(馬琴の仕事部屋など)で変わらない。経過する時間はお路が嫁いできた直後から馬琴が亡くなるまでの二十数年と長い。
この芝居の登場人物は二人だけである。馬琴の屋敷には馬琴の妻や息子、女中なども住んでいる。だが舞台には登場しない。妻と息子は別室から声だけが聞こえる。声の出演は高畑淳子(妻)と風間杜夫(息子)だ。シンプルな二人芝居という趣向がいい。馬琴をめぐる世間や家族との葛藤がくっきり浮かび上がってくる。
お路が嫁いできたとき、馬琴はすでに有名な戯作者で、八犬伝の出版も始まっている。馬琴は八犬伝の執筆に28年を費やし、書き上げた6年後に82歳で亡くなる。執筆途中で馬琴は失明し、終盤はお路が口述筆記する。当初、仮名しか書けなかったお路は漢字を学び、口述筆記という大役を全うする。私は、この感動的な話を以前に小説で読んだことがある。あらためて舞台で見て、偏屈な馬琴と天真爛漫なお路との取り合わせの妙を感じた。お路が魅力的である。
この芝居の初演は2011年で今回は4演目だそうだ。私は3年前、同じ作家による加藤健一の芝居『夏の盛りの蝉のように』を観た。葛飾北斎が主人公の『夏の盛りの…』には北斎が馬琴の悪口を言うシーンがあった。『滝沢家の内乱』に北斎への言及はない。だが、渡辺崋山は両方の芝居で重要な役割を担っている。二つの芝居が表裏の関係にあるように感じられる。
私が馬琴と息子の嫁の話を知った小説は、かなり以前(30年ぐらい昔)に読んだ山田風太郎の『八犬伝』である。八犬伝の物語「虚の世界」と、八犬伝を執筆する馬琴を描いた「実の世界」を交互に積み重ねて展開する面白い小説だった。この小説は昨年映画化されているが観ていない。
私が八犬伝に魅せられたのは大昔(60年以上前)の小学生の時だ。ジュニア版の八犬伝を読んで、なんと面白い物語だろうと感動した。いつの日か原作『南総里見八犬伝』を読みたいと思った。だが、いまだに果たしていない。『椿説弓張月』を読んだのは13年前で、次は『南総里見八犬伝』の原文に挑戦しようと思ったのだが、いたずらに年月が流れた。
今回『滝沢家の内乱』を観て、『南総里見八犬伝』が未読なのを思い出した。実は、新潮日本古典集成別巻『南総里見八犬伝』(全12巻)は何年か前に入手している。気がかりな本なのだ。あの長い物語に取り組む日が来るかどうかはわからない。
2025年上半期に読んだ本のマイ・ベスト3 ― 2025年07月04日
2025年前半に読んだ本のマイ・ベスト3を選んだ。
『酒を主食とする人々:エチオピアの科学的秘境を旅する』(高野秀行/本の雑誌社)
『異教のローマ:ミトラス教とその時代』(井上文則/講談社選書メチエ)
『族長の秋』(ガルシア・マルケス/堤直訳/集英社)
『酒を主食とする人々:エチオピアの科学的秘境を旅する』(高野秀行/本の雑誌社)
『異教のローマ:ミトラス教とその時代』(井上文則/講談社選書メチエ)
『族長の秋』(ガルシア・マルケス/堤直訳/集英社)
トルコ人の西進を確認するため『シルクロード世界史』再読 ― 2025年07月06日
◎十字軍が契機でトルコ人西進に関心
5年前に読んだ次の本を再読した。
『シルクロード世界史』(森安孝夫/講談社選書メチエ)
本書を再読しようと思ったのは、トルコ人の移動を再確認したくなったからだ。先々月『アラブが見た十字軍』に続いて『図説十字軍』、『十字軍』などを読んで十字軍がプチ・マイブームになり、十字軍に応対したセルジューク朝への関心がわいた。
セルジューク朝の始祖セルジュークについては不明な点が多いそうだ。オグズ(トルクマン)と呼ばれた中央アジアのトルコ系遊牧民の一部族がセルジューク族である。アラル海北方の草原で遊牧生活をしていて、10世紀末にイスラムに改宗、南下してセルジュークの孫トゥグリル=ベクが二シャープルでセルジューク朝を創始(1038年)、バグダッドに入場(1055年)してカリフを後見するスルタンとなった。
セルジューク族の原郷がアラル海北方の草原だとしても、トルコ人はもっと東のモンゴルの方から西進してきたはずだ。いつ頃、どんな経緯で中央アジアに来たのだろうか。以前に読んだ『シルクロード世界史』がトルコ人の西進を解説していた気がして、引っ張り出してパラパラめくった。「第2章 騎馬遊牧民の機動力」に「ユーラシアの民族大移動」という項目があった。
この項目に目を通し、せっかくの機会なので頭から全部再読した。5年前に読んだ本の大半を忘れている。歴史書は1回読んだだけではすぐに蒸発するから、くり返し読むのが望ましいと思う。思うだけで、実際に再読することはほとんどない。
本書を再読し、森安氏の歴史概説書の魅力は、概説に自身の専門的な研究紹介を混合させている点にあると再確認した。前著『シルクロードと唐帝国』と同じだ。
◎ユーラシア史の四大民族移動
本書が注目するユーラシア史の民族移動は次の四つである。
(1)印欧語族の大移動(紀元前2500年頃まで)
(2)五胡の大移動(3~5世紀)
(3)ゲルマン民族大移動(4~6世紀)
(4)トルコ民族大移動(2世紀頃~15世紀頃)
民族移動に着目すると世界史をダイナミックに俯瞰できて興味深い。「(1)印欧語族の大移動」はまさに世界史的大事件だと思うが、かなり遠い昔の話だ。「(2)五胡の大移動」「(3)ゲルマン民族大移動」は、ほぼ同じ時期に東西で呼応したかのように似た形の大移動が発生しているのが興味深い。
(2)(3)に比べて「(4)トルコ民族大移動」はかなり長期にわたる移動で、移動距離も長い。時期を「2世紀頃~15世紀頃」としたのは、本書の記述から私が判断したものである。長い時間をかけてジワジワと東から西へ移動しているので、その移動を具体的に辿るのは容易でない。
◎トルコ人の原郷と現在
トルコ族(トルコ語族)とは漢代に丁零(ていれい)と呼ばれた人々である。彼らが住んでいたモンゴル高原北辺部~シベリア南部~アルタイ山脈北麓がトルコ族の原郷である。紀元前3世紀頃から活躍していた匈奴の民族系統は不明で、トルコ族の可能性もあるらしい。匈奴がトルコ族だとすればモンゴル高原全体がトルコ族の原郷になる。
そのトルコ族が現在はどこにいるか。トルコ系の言語を公用語とする国・地域を西から列挙すれば、トルコ共和国、アゼルバイジャン、カザフスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、キルギス、中国の新疆ウイグル自治区である。
トルコ族は長い年月をかけて、ユーラシア大陸の東から西の端にまで移動・拡散して行ったのである。
◎モンゴロイドからコーカソイド
原郷のトルコ族はモンゴロイドだったらしいが、現在のトルコ人はコーカソイドである。西進の過程で混血が繰り返されたからである。モンゴロイドやコーカソイドという人種区別は明瞭ではない。遺伝子からみた人種間の違いは極めて連続的だそうだ。人種間にはさまざまな中間段階が存在する。それにしても、一つの語族が移動と拡散の過程で別の人種に変わっていくのが興味深い。人間集団の可塑性の高さを再認識した。
◎トルコ族の国々
6世紀中頃までにはモンゴル高原の大部分はトルコ族の天下になった。同じ頃、シベリア南部~カザフスタン~カスピ海北岸の草原地帯にも鉄勒(トルコ系)に属する20ばかりの集団(オグル、オノグル、ブルガール、ペチェネーグ、シビル、トゥヴァとみなせる)が散在していた。セルジューク朝の始祖もこの集団の一部だと思われる。この集団の移動について、著者は次のように述べている。
「彼らはおそらく、紀元後の2世紀に匈奴が西方移動を開始し、4世紀にフン族として黒海北岸に姿を現すまでの間に雪ダルマ式に取り込まれて、トルコ族の原郷から連行される形で西方に移動したものであろう。」
本書はさまざまなトルコ族の国や集団に言及している。主要なものを年代順に列挙すれば以下の通りだ。
高車(4C~6C)
突厥第一帝国(552~630年)
突厥第二帝国(682~744年)
東ウイグル王国(744~840年)
甘州ウイグル王国(9C~1028年)
西ウイグル王国(866~13C末)
カラハン朝(840~1133年)
セルジューク朝(1038~1157年)
オスマン帝国(1299~1922年)
これらの国々を地図上の布置すれば西進のさまがよくわかる。現在のトルコ共和国は突厥第一帝国建国の552年を最初の建国としているそうだ。
◎ソグド系ウイグル商人
著者は古ウイグルの専門家で、本書もウイグルに関する記述が多い。トルファンのベゼクリク千仏洞の壁画に関する記述が興味深い。
著者は、西ウイグル王国時代の壁画に描かれたウイグル商人の容貌がコーカソイドなのに最初は戸惑ったそうだ。ウイグル人は元来モンゴロイドである。南宋時代の漢文資料に仏教徒ウイグル商人を「髪は巻いており、目は深く、眉はきれいで濃い。まつ毛のあたりから下に頬髭が多い」と表現しているのを見つけ、当時のウイグル商人がすでにコーカソイドの容貌になっていたと確認できた。
著者は、そんなウイグル商人をソグド商人の後裔の「ソグド系ウイグル商人」としている。印欧語族のソグド人はイラン系だが、10世紀頃には祖先のソグド語を忘れてウイグル語(トルコ語)をしゃべっていたようだ。
5年前に読んだ次の本を再読した。
『シルクロード世界史』(森安孝夫/講談社選書メチエ)
本書を再読しようと思ったのは、トルコ人の移動を再確認したくなったからだ。先々月『アラブが見た十字軍』に続いて『図説十字軍』、『十字軍』などを読んで十字軍がプチ・マイブームになり、十字軍に応対したセルジューク朝への関心がわいた。
セルジューク朝の始祖セルジュークについては不明な点が多いそうだ。オグズ(トルクマン)と呼ばれた中央アジアのトルコ系遊牧民の一部族がセルジューク族である。アラル海北方の草原で遊牧生活をしていて、10世紀末にイスラムに改宗、南下してセルジュークの孫トゥグリル=ベクが二シャープルでセルジューク朝を創始(1038年)、バグダッドに入場(1055年)してカリフを後見するスルタンとなった。
セルジューク族の原郷がアラル海北方の草原だとしても、トルコ人はもっと東のモンゴルの方から西進してきたはずだ。いつ頃、どんな経緯で中央アジアに来たのだろうか。以前に読んだ『シルクロード世界史』がトルコ人の西進を解説していた気がして、引っ張り出してパラパラめくった。「第2章 騎馬遊牧民の機動力」に「ユーラシアの民族大移動」という項目があった。
この項目に目を通し、せっかくの機会なので頭から全部再読した。5年前に読んだ本の大半を忘れている。歴史書は1回読んだだけではすぐに蒸発するから、くり返し読むのが望ましいと思う。思うだけで、実際に再読することはほとんどない。
本書を再読し、森安氏の歴史概説書の魅力は、概説に自身の専門的な研究紹介を混合させている点にあると再確認した。前著『シルクロードと唐帝国』と同じだ。
◎ユーラシア史の四大民族移動
本書が注目するユーラシア史の民族移動は次の四つである。
(1)印欧語族の大移動(紀元前2500年頃まで)
(2)五胡の大移動(3~5世紀)
(3)ゲルマン民族大移動(4~6世紀)
(4)トルコ民族大移動(2世紀頃~15世紀頃)
民族移動に着目すると世界史をダイナミックに俯瞰できて興味深い。「(1)印欧語族の大移動」はまさに世界史的大事件だと思うが、かなり遠い昔の話だ。「(2)五胡の大移動」「(3)ゲルマン民族大移動」は、ほぼ同じ時期に東西で呼応したかのように似た形の大移動が発生しているのが興味深い。
(2)(3)に比べて「(4)トルコ民族大移動」はかなり長期にわたる移動で、移動距離も長い。時期を「2世紀頃~15世紀頃」としたのは、本書の記述から私が判断したものである。長い時間をかけてジワジワと東から西へ移動しているので、その移動を具体的に辿るのは容易でない。
◎トルコ人の原郷と現在
トルコ族(トルコ語族)とは漢代に丁零(ていれい)と呼ばれた人々である。彼らが住んでいたモンゴル高原北辺部~シベリア南部~アルタイ山脈北麓がトルコ族の原郷である。紀元前3世紀頃から活躍していた匈奴の民族系統は不明で、トルコ族の可能性もあるらしい。匈奴がトルコ族だとすればモンゴル高原全体がトルコ族の原郷になる。
そのトルコ族が現在はどこにいるか。トルコ系の言語を公用語とする国・地域を西から列挙すれば、トルコ共和国、アゼルバイジャン、カザフスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、キルギス、中国の新疆ウイグル自治区である。
トルコ族は長い年月をかけて、ユーラシア大陸の東から西の端にまで移動・拡散して行ったのである。
◎モンゴロイドからコーカソイド
原郷のトルコ族はモンゴロイドだったらしいが、現在のトルコ人はコーカソイドである。西進の過程で混血が繰り返されたからである。モンゴロイドやコーカソイドという人種区別は明瞭ではない。遺伝子からみた人種間の違いは極めて連続的だそうだ。人種間にはさまざまな中間段階が存在する。それにしても、一つの語族が移動と拡散の過程で別の人種に変わっていくのが興味深い。人間集団の可塑性の高さを再認識した。
◎トルコ族の国々
6世紀中頃までにはモンゴル高原の大部分はトルコ族の天下になった。同じ頃、シベリア南部~カザフスタン~カスピ海北岸の草原地帯にも鉄勒(トルコ系)に属する20ばかりの集団(オグル、オノグル、ブルガール、ペチェネーグ、シビル、トゥヴァとみなせる)が散在していた。セルジューク朝の始祖もこの集団の一部だと思われる。この集団の移動について、著者は次のように述べている。
「彼らはおそらく、紀元後の2世紀に匈奴が西方移動を開始し、4世紀にフン族として黒海北岸に姿を現すまでの間に雪ダルマ式に取り込まれて、トルコ族の原郷から連行される形で西方に移動したものであろう。」
本書はさまざまなトルコ族の国や集団に言及している。主要なものを年代順に列挙すれば以下の通りだ。
高車(4C~6C)
突厥第一帝国(552~630年)
突厥第二帝国(682~744年)
東ウイグル王国(744~840年)
甘州ウイグル王国(9C~1028年)
西ウイグル王国(866~13C末)
カラハン朝(840~1133年)
セルジューク朝(1038~1157年)
オスマン帝国(1299~1922年)
これらの国々を地図上の布置すれば西進のさまがよくわかる。現在のトルコ共和国は突厥第一帝国建国の552年を最初の建国としているそうだ。
◎ソグド系ウイグル商人
著者は古ウイグルの専門家で、本書もウイグルに関する記述が多い。トルファンのベゼクリク千仏洞の壁画に関する記述が興味深い。
著者は、西ウイグル王国時代の壁画に描かれたウイグル商人の容貌がコーカソイドなのに最初は戸惑ったそうだ。ウイグル人は元来モンゴロイドである。南宋時代の漢文資料に仏教徒ウイグル商人を「髪は巻いており、目は深く、眉はきれいで濃い。まつ毛のあたりから下に頬髭が多い」と表現しているのを見つけ、当時のウイグル商人がすでにコーカソイドの容貌になっていたと確認できた。
著者は、そんなウイグル商人をソグド商人の後裔の「ソグド系ウイグル商人」としている。印欧語族のソグド人はイラン系だが、10世紀頃には祖先のソグド語を忘れてウイグル語(トルコ語)をしゃべっていたようだ。
『桐島です』は逃亡生活を坦々と描いていた ― 2025年07月08日
新宿武蔵野館で『桐島です』(監督:高橋伴明、脚本:梶原阿貴、出演:毎熊克哉、奥野瑛太、北香那、他)を観た。連続企業爆破事件指名手配犯・桐島聡を描いた映画である。彼は昨年(2024年)1月、病床で「私は桐島聡です」と名乗り、その4日後にガンで逝った。
あの衝撃的な「名乗り」を契機に制作された映画には、4カ月前に公開された足立正生監督の『逃走』もある。神奈川県藤沢市で市井の人として入院・死亡した桐島の49年に及ぶ逃亡生活の実態の大半は不明である。それ故に映画監督たちの想像力を駆り立てるのだと思う。
『桐島です』は『逃走』とはかなりテイストの違う映画だった。足立監督は「逃走貫徹=闘争貫徹」という明瞭なコンセプトのもとに桐島の心象風景や妄想の映像を交えて逃亡生活を描いた。高橋監督は桐島を社会的正義感がやや強い等身大の普通の人間と捉え、怒濤の青春とその後の日常を坦々と描いている。
この映画のキーワードは「時代遅れ」である。もちろん「時代遅れで何が悪い」という、時代に対する反骨を秘めている。それは、「こんな日本にしてしまってゴメン」という忸怩たる思いにつながる。世代の思いの反映だと感じる。
『桐島です』と『逃走』の両方に、桐島が本屋で『棺一基 大道寺将司全句集』(2012年発行)を手にするシーンがある。桐島の遺品にこの本があったかどうかは知らないが、あり得た場面に思える。両方の映画では、大道寺将司(死刑囚。2017年獄死)が獄中で詠んだ俳句数篇を読み上げる。私の曖昧な記憶では、選ばれた句は二つの映画でかなり異なっていた気がする。機会があれば確認したい。
『桐島です』で印象に残ったシーンがある。桐島は宇賀神寿一と共に指名手配され、別々に逃走する。二人は再会の月日と時間と場所を決めていたが、再会を果たせないまま宇賀神が逮捕される。桐島は『棺一基』の注釈を読んで宇賀神が刑期を終えて出所していると知り、かつて再会を約束した9月9日午後3時に約束の場所に赴く。その日、齢を重ねた二人は互いに気づかないままにすれ違う。フィクションだろうが心に残る。
ラストシーンも印象的だ。映画は、病床で「私は桐島聡です」と名乗った後の騒動を描かず、不思議な場面転換になる。中東と思われる塹壕の中で、老いた女性闘士(高橋恵子)が、スマホに届いたメッセージを見てつぶやく。「桐島くん、おつかれさま」と。
足立正生監督へのオマージュだろうか。
あの衝撃的な「名乗り」を契機に制作された映画には、4カ月前に公開された足立正生監督の『逃走』もある。神奈川県藤沢市で市井の人として入院・死亡した桐島の49年に及ぶ逃亡生活の実態の大半は不明である。それ故に映画監督たちの想像力を駆り立てるのだと思う。
『桐島です』は『逃走』とはかなりテイストの違う映画だった。足立監督は「逃走貫徹=闘争貫徹」という明瞭なコンセプトのもとに桐島の心象風景や妄想の映像を交えて逃亡生活を描いた。高橋監督は桐島を社会的正義感がやや強い等身大の普通の人間と捉え、怒濤の青春とその後の日常を坦々と描いている。
この映画のキーワードは「時代遅れ」である。もちろん「時代遅れで何が悪い」という、時代に対する反骨を秘めている。それは、「こんな日本にしてしまってゴメン」という忸怩たる思いにつながる。世代の思いの反映だと感じる。
『桐島です』と『逃走』の両方に、桐島が本屋で『棺一基 大道寺将司全句集』(2012年発行)を手にするシーンがある。桐島の遺品にこの本があったかどうかは知らないが、あり得た場面に思える。両方の映画では、大道寺将司(死刑囚。2017年獄死)が獄中で詠んだ俳句数篇を読み上げる。私の曖昧な記憶では、選ばれた句は二つの映画でかなり異なっていた気がする。機会があれば確認したい。
『桐島です』で印象に残ったシーンがある。桐島は宇賀神寿一と共に指名手配され、別々に逃走する。二人は再会の月日と時間と場所を決めていたが、再会を果たせないまま宇賀神が逮捕される。桐島は『棺一基』の注釈を読んで宇賀神が刑期を終えて出所していると知り、かつて再会を約束した9月9日午後3時に約束の場所に赴く。その日、齢を重ねた二人は互いに気づかないままにすれ違う。フィクションだろうが心に残る。
ラストシーンも印象的だ。映画は、病床で「私は桐島聡です」と名乗った後の騒動を描かず、不思議な場面転換になる。中東と思われる塹壕の中で、老いた女性闘士(高橋恵子)が、スマホに届いたメッセージを見てつぶやく。「桐島くん、おつかれさま」と。
足立正生監督へのオマージュだろうか。
マルコ・ポーロは体験談を盛っている ― 2025年07月10日
◎『東方見聞録』を再読したくなったので
7年前に読んだ『東方見聞録』を再読したくなった。再読の前に『東方見聞録』がどう評価されているかを確認しておこうと思い、次のリブレットを読んだ。
『マルコ・ポーロ:『東方見聞録』を読み解く』(海老澤哲雄/世界史リブレット人/山川出版社)
『東方見聞録』を再読したくなった理由は二つある。一つは、NHKで毎週土曜朝5時10分から再放送している『アニメーション紀行「マルコ・ポーロの冒険」』の録画視聴を始めたからである。実写とアニメを絡めた1979年放映の不思議な番組である。もう一つの理由は、先日読んだ『クビライ・カアンの驚異の帝国』(宮紀子)が、モンゴル史研究の基本中の基本史料のひとつに『東方見聞録』(フランス語、イタリア語、ラテン語などのさまざまな版)を挙げていたからである。 7年前に読んだ内容の大半を忘れているので、どんなことを書いてあったか再確認したくなった。
◎マルコ・ポーロは実在したか
マルコ・ポーロに関しては、モンゴル史の泰斗・杉山正明が『モンゴルが世界史を覆す』のなかで次のように述べている。
「歴史研究者とよばれる人でも、マルコ・ポーロの存在そのものを疑うむきは、まずいないといってよい。しかし、わたくしはそうは考えない。」
『東方見聞録』にはクビライの周辺にいた者でしか知り得ない情報が盛り込まれているが、元史や集史などの史料にはマルコ・ポーロと見なせる人物が登場しない。杉山氏は、『東方見聞録』は複数の人物の体験・知見をベースにした集成と考えている。
杉山氏のそんな見解を読んだことがあるので、他の研究者がマルコ・ポーロをどう見ているかを確認したくなり、このリブレットを繙いた。
◎マルコは実在。作為の記述も。
本書の著者・海老澤哲雄氏は1936年生まれなので、杉山氏より16歳年長の研究者である。著者はマルコ・ポーロを実在の人物と見なしている。だが、マルコたちの旅がどのようなものであったか、中国でどのように暮らしていたかの記述がほとんどなく、個人的な体験への言及が少ないとも指摘している。
『東方見聞録』はマルコが執筆した手記ではない。二十数年にわたる紀行を終えた後、マルコの口述を物語作家が筆記したものである。著者は「見聞したことを、マルコなりに取捨選択したもので、作為した記述も含まれ、額面どおりには受け止められないものもある」と述べている。
◎かなり話を盛っている
マルコ一行が元の都に到着したとき、クビライから大歓迎を受けたとマルコは書いている。著者は、超大物でもないマルコ一行がそんな歓迎を受けたとは考えにくいと疑義を呈している。また、マルコがクビライの宮廷で重用されたとの話も疑わしく、使節の随員に加わった程度だろうとしている。
クビライの宮廷には、君主に近侍する要因のケシクという組織があった。著者は、若いマルコはケシクの一員だったのではないかと推測している。
マルコは、ローマ教皇からクビライに宛てた親書やクビライから教皇に宛てた親書などがマルコ一行に託されたと語っている。著者は、そのような親書の存在には否定的である。作り話の可能性が高い。
数奇な体験をした人が、過去の二十数年を振り返ってその体験談を他人に語るとき、話を盛るのは有り勝ちだと思う。マルコの体験談にも「盛った部分」がかなりあるようだ。
7年前に読んだ『東方見聞録』を再読したくなった。再読の前に『東方見聞録』がどう評価されているかを確認しておこうと思い、次のリブレットを読んだ。
『マルコ・ポーロ:『東方見聞録』を読み解く』(海老澤哲雄/世界史リブレット人/山川出版社)
『東方見聞録』を再読したくなった理由は二つある。一つは、NHKで毎週土曜朝5時10分から再放送している『アニメーション紀行「マルコ・ポーロの冒険」』の録画視聴を始めたからである。実写とアニメを絡めた1979年放映の不思議な番組である。もう一つの理由は、先日読んだ『クビライ・カアンの驚異の帝国』(宮紀子)が、モンゴル史研究の基本中の基本史料のひとつに『東方見聞録』(フランス語、イタリア語、ラテン語などのさまざまな版)を挙げていたからである。 7年前に読んだ内容の大半を忘れているので、どんなことを書いてあったか再確認したくなった。
◎マルコ・ポーロは実在したか
マルコ・ポーロに関しては、モンゴル史の泰斗・杉山正明が『モンゴルが世界史を覆す』のなかで次のように述べている。
「歴史研究者とよばれる人でも、マルコ・ポーロの存在そのものを疑うむきは、まずいないといってよい。しかし、わたくしはそうは考えない。」
『東方見聞録』にはクビライの周辺にいた者でしか知り得ない情報が盛り込まれているが、元史や集史などの史料にはマルコ・ポーロと見なせる人物が登場しない。杉山氏は、『東方見聞録』は複数の人物の体験・知見をベースにした集成と考えている。
杉山氏のそんな見解を読んだことがあるので、他の研究者がマルコ・ポーロをどう見ているかを確認したくなり、このリブレットを繙いた。
◎マルコは実在。作為の記述も。
本書の著者・海老澤哲雄氏は1936年生まれなので、杉山氏より16歳年長の研究者である。著者はマルコ・ポーロを実在の人物と見なしている。だが、マルコたちの旅がどのようなものであったか、中国でどのように暮らしていたかの記述がほとんどなく、個人的な体験への言及が少ないとも指摘している。
『東方見聞録』はマルコが執筆した手記ではない。二十数年にわたる紀行を終えた後、マルコの口述を物語作家が筆記したものである。著者は「見聞したことを、マルコなりに取捨選択したもので、作為した記述も含まれ、額面どおりには受け止められないものもある」と述べている。
◎かなり話を盛っている
マルコ一行が元の都に到着したとき、クビライから大歓迎を受けたとマルコは書いている。著者は、超大物でもないマルコ一行がそんな歓迎を受けたとは考えにくいと疑義を呈している。また、マルコがクビライの宮廷で重用されたとの話も疑わしく、使節の随員に加わった程度だろうとしている。
クビライの宮廷には、君主に近侍する要因のケシクという組織があった。著者は、若いマルコはケシクの一員だったのではないかと推測している。
マルコは、ローマ教皇からクビライに宛てた親書やクビライから教皇に宛てた親書などがマルコ一行に託されたと語っている。著者は、そのような親書の存在には否定的である。作り話の可能性が高い。
数奇な体験をした人が、過去の二十数年を振り返ってその体験談を他人に語るとき、話を盛るのは有り勝ちだと思う。マルコの体験談にも「盛った部分」がかなりあるようだ。
『東方見聞録』を再読した ― 2025年07月12日
世界史リブレット人の『マルコ・ポーロ』を読んでから、7年前に読んだ『東方見聞録』を再読した。
『マルコ・ポーロ 東方見聞録』(月村辰雄・久保田勝一訳/岩波書店)
7年前に読んだときの記憶は、日本に関する記述以外はほとんど蒸発している。再読しながら、何度も「こんなトンデモナイことを…」と思った。ラストも唐突で、尻切れトンボである。
本書の巻末には訳者の月村辰雄氏による「マルコ・ポーロを原典で読む――中世フランス語版『東方見聞録』訳者あとがき」と題する文章がある。これを読むと、本書がやや特殊な『東方見聞録』だとわかる。作家ルスティッケロがマルコ・ポーロの話を文章化したとされる『東方見聞録』には多くの版がある。本書は最も原本に近いと思われる版の翻訳である。
本書は原典の挿絵の多くを転載している。挿絵画家がマルコに取材して描いた絵ではなく、文章を元に挿絵画家が想像して描いたものである。挿絵からは14世紀ヨーロッパの人々が東方に抱いていたイメージを知ることができる。だが、その絵柄は当時のクビライの世界の景色とはかなりかけ離れていると思われる。
本書は、14世紀ヨーロッパの人々が接したであろう『東方見聞録』の再現にウエイトを置いている。原典をそのまま提示するのは意義深いだろうが、その分、私のような門外漢には把握しにくい部分もありそうだ。他の版の翻訳を読んだうえで読むべき本だったかもしれないと思った。
本書に訳者の「注」は随所にあるが、私には不十分だった。マルコの話にはホラ話と思えるものが多い。もちろん、史実や同時代の記録と合致する記述もあるだろうが、門外漢にはその腑分けが難しい。そんな点を丁寧に注釈してくれればありがたい。
『東方見聞録』を再読して、「実見記」「体験記」的な話が少ないと感じた。地誌や出来事に関する伝聞と思われる記述が大半である。日本に関する記述や「蒙古襲来」のてんまつも伝聞で、史実ばなれしている。単調に感じられる部分もある。だから、マルコ・ポーロという人物のイメージが浮かび上がって来ない。
本書で印象に残ったのは、クビライの帝国で流通している紙幣の解説である。当時、ヨーロッパに紙は伝播していたはずだが、紙幣に似たものがあったかどうか、私は知らない。本書の「大カーンがどのようにして証書のような木の樹皮を通貨とし、それを全領土に通用させているか」という項目では「大カーンは錬金術師の秘宝を理にかなった方法で完璧に我がものにしている」と述べている。
全般的には、キリスト教への配慮に満ちた「見聞録」だと思えた。マルコはキリスト教徒だし、14世紀ヨーロッパの風潮や事情もあったろうが、キリスト教を讃える書に近い。もちろん、クビライも讃えているが、クビライはキリスト教に多大な関心をもっているように描いている。
ある意味、ホラ男爵の物語のような書である。広く読まれた本だが、当時の人々はどう読んだのだろうか。コロンブスのように黄金の国ジパングに憧れた人もいるだろうが、ホラ話と思った人も多かったのではと思える。
『マルコ・ポーロ 東方見聞録』(月村辰雄・久保田勝一訳/岩波書店)
7年前に読んだときの記憶は、日本に関する記述以外はほとんど蒸発している。再読しながら、何度も「こんなトンデモナイことを…」と思った。ラストも唐突で、尻切れトンボである。
本書の巻末には訳者の月村辰雄氏による「マルコ・ポーロを原典で読む――中世フランス語版『東方見聞録』訳者あとがき」と題する文章がある。これを読むと、本書がやや特殊な『東方見聞録』だとわかる。作家ルスティッケロがマルコ・ポーロの話を文章化したとされる『東方見聞録』には多くの版がある。本書は最も原本に近いと思われる版の翻訳である。
本書は原典の挿絵の多くを転載している。挿絵画家がマルコに取材して描いた絵ではなく、文章を元に挿絵画家が想像して描いたものである。挿絵からは14世紀ヨーロッパの人々が東方に抱いていたイメージを知ることができる。だが、その絵柄は当時のクビライの世界の景色とはかなりかけ離れていると思われる。
本書は、14世紀ヨーロッパの人々が接したであろう『東方見聞録』の再現にウエイトを置いている。原典をそのまま提示するのは意義深いだろうが、その分、私のような門外漢には把握しにくい部分もありそうだ。他の版の翻訳を読んだうえで読むべき本だったかもしれないと思った。
本書に訳者の「注」は随所にあるが、私には不十分だった。マルコの話にはホラ話と思えるものが多い。もちろん、史実や同時代の記録と合致する記述もあるだろうが、門外漢にはその腑分けが難しい。そんな点を丁寧に注釈してくれればありがたい。
『東方見聞録』を再読して、「実見記」「体験記」的な話が少ないと感じた。地誌や出来事に関する伝聞と思われる記述が大半である。日本に関する記述や「蒙古襲来」のてんまつも伝聞で、史実ばなれしている。単調に感じられる部分もある。だから、マルコ・ポーロという人物のイメージが浮かび上がって来ない。
本書で印象に残ったのは、クビライの帝国で流通している紙幣の解説である。当時、ヨーロッパに紙は伝播していたはずだが、紙幣に似たものがあったかどうか、私は知らない。本書の「大カーンがどのようにして証書のような木の樹皮を通貨とし、それを全領土に通用させているか」という項目では「大カーンは錬金術師の秘宝を理にかなった方法で完璧に我がものにしている」と述べている。
全般的には、キリスト教への配慮に満ちた「見聞録」だと思えた。マルコはキリスト教徒だし、14世紀ヨーロッパの風潮や事情もあったろうが、キリスト教を讃える書に近い。もちろん、クビライも讃えているが、クビライはキリスト教に多大な関心をもっているように描いている。
ある意味、ホラ男爵の物語のような書である。広く読まれた本だが、当時の人々はどう読んだのだろうか。コロンブスのように黄金の国ジパングに憧れた人もいるだろうが、ホラ話と思った人も多かったのではと思える。
『泣くロミオと怒るジュリエット 2025』は男優が女性を熱演 ― 2025年07月14日
THEATER MILANO-Zaで『泣くロミオと怒るジュリエット 2025』(作・演出:鄭義信、出演:桐山照史、柄本時生、他)を観た。シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』を大胆に翻案した関西弁の芝居で、役者はすべて男性だ。この芝居の初演は5年前だが、コロナのために途中で公演中止になったそうだ。
終戦直後を思わせる関西の工場街の煤煙に覆われた街が舞台である。街の名はヴェローナ、原作と同じだ。シェイクスピアは「花のヴェローナ」と書いたが、この芝居では「煤煙のヴェローナ」だ。登場人物の名前も原作通りである。この街には二つの愚連隊「モンターギュ」と「キャビレット」がある。モンターギュは在日コリアン系の愚連隊、キャビレットは軍隊帰りの傷痍軍人が仕切る愚連隊である。
工場街の関西弁の愚連隊が互いをカタカナ名で呼び合う違和感が面白い。『ウエスト・サイド物語』を戦後の関西に置き換えた趣もあるが、鄭義信がブレヒトを翻案した『てなもんや三文オペラ』に似た世界だと感じた。
ジュリエットを演じる柄本時生と、ジュリエットの兄の内縁の妻ソフィアを演じる八嶋智人の女ぶりに圧倒された。歌舞伎の女形とはまったく違うが、柄本時生は少しエキセントリックな娘、八嶋智人は関西のオバチャンに成り切っていた。
屋台の焼き鳥屋のロミオ(桐山照史)は吃りで引っ込み思案の若者である。田舎から出てきたジュリエットは不細工なブスという設定だ。そんな二人だが、原作通りに一晩で恋に落ち、原作通りの展開になる。二人が恋に落ちていく姿に違和感はなかった。原作の内容が頭に沈殿しているので、自然な展開と感じてしまうのかもしれない。
ロミオとジュリエットが死んだ後のラストシーンはシェイクスピアから離れ、鄭義信のメッセージ性の強い現代的な情景になる。能天気な和解からは遠いシビアな現実世界を反映させている。
終戦直後を思わせる関西の工場街の煤煙に覆われた街が舞台である。街の名はヴェローナ、原作と同じだ。シェイクスピアは「花のヴェローナ」と書いたが、この芝居では「煤煙のヴェローナ」だ。登場人物の名前も原作通りである。この街には二つの愚連隊「モンターギュ」と「キャビレット」がある。モンターギュは在日コリアン系の愚連隊、キャビレットは軍隊帰りの傷痍軍人が仕切る愚連隊である。
工場街の関西弁の愚連隊が互いをカタカナ名で呼び合う違和感が面白い。『ウエスト・サイド物語』を戦後の関西に置き換えた趣もあるが、鄭義信がブレヒトを翻案した『てなもんや三文オペラ』に似た世界だと感じた。
ジュリエットを演じる柄本時生と、ジュリエットの兄の内縁の妻ソフィアを演じる八嶋智人の女ぶりに圧倒された。歌舞伎の女形とはまったく違うが、柄本時生は少しエキセントリックな娘、八嶋智人は関西のオバチャンに成り切っていた。
屋台の焼き鳥屋のロミオ(桐山照史)は吃りで引っ込み思案の若者である。田舎から出てきたジュリエットは不細工なブスという設定だ。そんな二人だが、原作通りに一晩で恋に落ち、原作通りの展開になる。二人が恋に落ちていく姿に違和感はなかった。原作の内容が頭に沈殿しているので、自然な展開と感じてしまうのかもしれない。
ロミオとジュリエットが死んだ後のラストシーンはシェイクスピアから離れ、鄭義信のメッセージ性の強い現代的な情景になる。能天気な和解からは遠いシビアな現実世界を反映させている。
ガザ状況に呼応したような『みんな鳥になって』上演 ― 2025年07月16日
世田谷パブリックシアターで『みんな鳥になって』(作:ワジディ・ムワワド、翻訳:藤井慎太郎、演出:上村聡史、出演:中島裕翔、岡本玲、岡本健一、相島一之、麻実れい、他)を観た。
作者のムワワドは1968年レバノン生まれ。子供の頃に家族と共にフランスに亡命。フランス語文化圏で活躍している劇作家・演出家である。
世田谷パブリックシアターは2014年からムワワド作品を3作上演してきたそうだが、私はいずれも観ていない。4作目になる本作は2017年初演の作品である。新聞記事に「イスラエルとアラブの『ロミオとジュリエット』のような、ギリシア悲劇の『オイディプス王』のような……」とあり、どんな芝居なのだろうかと興味がわき、チケットを入手した。
濃密で重い芝居だった。3時間30分(休憩20分含む)、退屈することなく観劇した。ユダヤ人青年エイタン(中島裕翔)がアラブ人女性ワヒダ(岡本玲)と恋仲になり、彼女を家族に紹介することから始まる葛藤劇である。
エイタンとワヒダが知り合うのはニューヨークの図書館である。エイタンは遺伝学の学徒、ワヒダは16世紀のイスラム外交官の改宗を研究している大学院生である。エイタンはドイツ系ユダヤ人で、父母と祖父はドイツ在住だ。祖父と離婚した祖母はイスラエルで一人暮らし。ワヒダの両親は亡くなっている。彼女はアラブ系ではあるがアメリカ人である。ニューヨークで知り合った若い二人には、イスラエル対アラブの対立意識は希薄だ。国際的な家族の設定が現代的で興味深い。
舞台装置は抽象的で、時間や空間が舞台上で錯綜する。物語の展開は比較的シンプルだ。ニューヨークで、エイタンがワヒダを家族(祖母を除く)に紹介するが、家族はみな結婚に反対だ。敬虔なユダヤ教徒の父(岡本健一)はとりわけ強硬に反対する。アウシュヴィッツ生還者の祖父(相島一之)はさほどでもない。
その後、若い二人はイスラエルに赴く。祖母(麻実れい)に会って父の出自を確かめるのが目的である。空港で自爆テロが発生し、エイタンは意識不明になる。そのため、父母や祖父が駆け付け、ユダヤ人家族がイスラエルに集結することになる。そこからドンデン返しのような展開になる。
ネタバレになるが、父は祖父母の実子ではなくパレスチナ人だった。祖父が戦場で拾った赤ん坊を実子として育てたのだ。それと知らない父は強硬な反パレスチナ主義者になる。また、ワヒダは中東の地に来てアラブ人意識に目覚めてしまう。
この展開は面白いとは思う。だが、民族や人種に拘泥しすぎていると感じた。人種は混血によって融通無碍に変転するものであり、民族意識とは無関係だ。民族は人間の集団によって作られた想像の共同体である。そんな認識を明快に提示する芝居にしてほしいと思った。
と言っても、この芝居が21世紀の中東の現実に取り組んでいるのは確かだ。演劇にガザの現実を変える直接的な力を求めるのは無理だと思うが、長い目で見れば世界を多少は動かすことができるだろうか。
作者のムワワドは1968年レバノン生まれ。子供の頃に家族と共にフランスに亡命。フランス語文化圏で活躍している劇作家・演出家である。
世田谷パブリックシアターは2014年からムワワド作品を3作上演してきたそうだが、私はいずれも観ていない。4作目になる本作は2017年初演の作品である。新聞記事に「イスラエルとアラブの『ロミオとジュリエット』のような、ギリシア悲劇の『オイディプス王』のような……」とあり、どんな芝居なのだろうかと興味がわき、チケットを入手した。
濃密で重い芝居だった。3時間30分(休憩20分含む)、退屈することなく観劇した。ユダヤ人青年エイタン(中島裕翔)がアラブ人女性ワヒダ(岡本玲)と恋仲になり、彼女を家族に紹介することから始まる葛藤劇である。
エイタンとワヒダが知り合うのはニューヨークの図書館である。エイタンは遺伝学の学徒、ワヒダは16世紀のイスラム外交官の改宗を研究している大学院生である。エイタンはドイツ系ユダヤ人で、父母と祖父はドイツ在住だ。祖父と離婚した祖母はイスラエルで一人暮らし。ワヒダの両親は亡くなっている。彼女はアラブ系ではあるがアメリカ人である。ニューヨークで知り合った若い二人には、イスラエル対アラブの対立意識は希薄だ。国際的な家族の設定が現代的で興味深い。
舞台装置は抽象的で、時間や空間が舞台上で錯綜する。物語の展開は比較的シンプルだ。ニューヨークで、エイタンがワヒダを家族(祖母を除く)に紹介するが、家族はみな結婚に反対だ。敬虔なユダヤ教徒の父(岡本健一)はとりわけ強硬に反対する。アウシュヴィッツ生還者の祖父(相島一之)はさほどでもない。
その後、若い二人はイスラエルに赴く。祖母(麻実れい)に会って父の出自を確かめるのが目的である。空港で自爆テロが発生し、エイタンは意識不明になる。そのため、父母や祖父が駆け付け、ユダヤ人家族がイスラエルに集結することになる。そこからドンデン返しのような展開になる。
ネタバレになるが、父は祖父母の実子ではなくパレスチナ人だった。祖父が戦場で拾った赤ん坊を実子として育てたのだ。それと知らない父は強硬な反パレスチナ主義者になる。また、ワヒダは中東の地に来てアラブ人意識に目覚めてしまう。
この展開は面白いとは思う。だが、民族や人種に拘泥しすぎていると感じた。人種は混血によって融通無碍に変転するものであり、民族意識とは無関係だ。民族は人間の集団によって作られた想像の共同体である。そんな認識を明快に提示する芝居にしてほしいと思った。
と言っても、この芝居が21世紀の中東の現実に取り組んでいるのは確かだ。演劇にガザの現実を変える直接的な力を求めるのは無理だと思うが、長い目で見れば世界を多少は動かすことができるだろうか。








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