娘が父を語った『隆明だもの』は辛辣で面白い2023年12月26日

『隆明だもの』(ハルノ宵子/晶文社)
 「戦後最大の思想家」とも言われる吉本隆明の長女でマンガ家のハルノ宵子が父親を語った『隆明だもの』を読んだ。

 『隆明だもの』(ハルノ宵子/晶文社)

 吉本隆明全集(2014年刊行開始。既刊33巻。全39巻予定)の月報に載せた文章を中心にまとめたもので、吉本ばなな(次女)との姉妹対談も収録している。オビには「故人を讃えない、型破りな追悼録。」とある。「あとがき」の冒頭は次の通りだ。

 「イヤ~…ヒドイ娘ですね。吉本主義者の方々の、幻想粉砕してますね。」

 本書には「吉本世代」や「吉本主義者」という言葉が出てくる。娘から見れば思想家もただの面倒なオヤジであり、見方が辛辣になるのは当然である。むしろ、著者が高校生の頃から父の著書に接していたことに感心した。「(『共同幻想論』などを)斜め読みしたけど、何にもわかりません」と語っているが、父親をリスペクトするいい娘だったように思える。

 私は吉本世代である。吉本主義者ではない。学生時代から吉本隆明の著作に多少は接してきたが、理解できたとは思えない。2012年に吉本隆明が87歳で逝去した直後には「マチウ書詩論」を再読し、吉本隆明を少し読み返そうと思った。思っただけで実行していない。

 そんな私にとって、本書はとても面白かった。吉本隆明は晩年、糖尿病で目が見えにくくなり、身体も不自由だった。膨大な著作を残しているが、後半生の著作は口述や対談である。著者によれば、晩年の吉本隆明にはボケ特有の言動があったそうだ。ボケていても口述本は可能だった。著者は次のように述べている。

 「一方父は、他人から見れば最後まで一見マトモだったと思う。インタビューなどにも、事実誤認はあるものの(それは昔からだけど)そこそこマトモに答えていたし、元々父の著作を分かりづらくさせていた、表現の“飛躍”の度合が増して、ますます誤解されやすくなっていたが、思考にブレはなかった。」

 ナルホドと思った。父のことがよくわかっている。

 吉本隆明の娘で想起するのは、1960年代末の替歌の次の一節だ。

  吉本おやじは 生活おやじ
  子供をひきつれ
  はくさい にんじん 値切る
  (元歌「お馬の親子」。『戯歌番外地(三一新書)』より)

 吉本隆明は、病弱の妻に代わって料理を作っていたという話をどこかに書いていた。しかし、娘の証言では、病気のときに父が作ってくれた卵酒やクリームシチューは酷い代物で、とても口にできなかったそうだ。