マクニールの『世界史』は西欧の興隆分析の書2023年10月15日

『世界史(上)(下)』(W・H・マクニール/増田義郎、佐々木昭夫訳/中公文庫)
 いずれ読もうと思いつつ先延ばしにしていた世界史の本をやっと読了した。

 『世界史(上)(下)』(W・H・マクニール/増田義郎、佐々木昭夫訳/中公文庫)

 著者はカナダ出身の1917年生まれ、シカゴ大学で長く教鞭をとった歴史学者だ(2016年没)。原著の初版は1967年、その後改訂を重ね、本書は1999年の第4版の訳書である。

 コロナ禍の3年前、この著者の『疫病と世界史』を面白く読んだ。本書にも疫病への言及が多い。目配りのいい比較文明史のような本である。興味深く読めた。

 世界史の本は、高校の教科書から数十巻の叢書までさまざまだが、一気に読むなら一人の著者によるものに限る。分量も本書のような文庫本2冊ぐらいまでがいい。教科書は1冊だが、おびただしい固有名詞が詰まった圧縮記述なので通して読むのが難しい。

 一人の著者による世界史記述は何らかのストーリーを語るスタイルになることが多く、さまざまな事象の関連をつかみやすい。そんな世界史本でザックリ読みやすいのはハラリの『サピエンス全史』だった。出口治明氏の『全世界史』も比較的読みやすかったが疲れた。予備校講師・青木裕司氏による受験生向けの『世界史B講義の実況中継』は、語り口に惹かれたが、固有名詞の奔流にぐったりした。

 本書は巨視的に世界各地の文明の盛衰や交流を語っていて、固有名詞は必要最小限しか登場しない。と言っても、高校世界史程度の知識を前提にした概説で、次のような4部構成である。

 第Ⅰ部 ユーラシア大文明の誕生とその成立(紀元前500年まで)
 第Ⅱ部 諸文明の平衡状態(紀元前500年ー後1500年)
 第Ⅲ部 西欧の優勢
 第Ⅳ部 地球規模でのコスモポリタニズムのはじまり

 本書は宗教への言及が多い。宗教は時代精神のようなものであり、文明を支える機能があるらしい。著者がキリスト教文明圏の人なので、宗教のウエイトが大きい世界史になっているような気もする。偏見かもしれないが。

 「イスラムとナショナリズムは相容れない」との指摘には得心した。当初は西欧を圧倒していたイスラムが、近代になって西欧に追い抜かれた要因の一つである。

 本書には「文明の発生→周辺蛮族の侵攻→蛮族の文明化」というパターンがしばしば登場する。それに絡んだ戦争の形態の変遷が興味深い。馬車の戦車、軽騎兵、重騎兵や歩兵、火器などの解説になるほどと思った。あらためて、人類の歴史の大半は戦争の歴史だと気づく。

 本書は西欧中心の世界史ではなく、インド、中国、アフリカにも相応のページを割き、世界各地に言及している。日本も随所に登場する。とは言っても、ある意味では、やはり西欧中心の世界史記述の印象を受ける。それは、仕方ないことだとも思う。

 著者が指摘しているように、人類の歴史のなかで西欧は長いあいだ後進地帯だった。いつ頃から西欧中心になったかは研究者によって見解の違いがあると思う。著者は西欧が優勢になったのは17世紀頃と見なしている。本書のメインテーマは「なぜ西欧が優勢になったか」「西欧の興隆の内実な何か」の分析・検討である。それが、世界史を語るうえでの最重要課題なの確かだ。それを西欧視点と見るのは間違いなのだろう。

 本書は第Ⅲ部までが面白い。第Ⅳ部で現代に近づいてくると総花的エッセイ風になる。現代を巨視的な歴史家の眼で捉えるのは無理なのかもしれない。