脳科学の入門書は私の脳に何をもたらしたのだろうか2018年07月17日

『進化しすぎた脳』(池谷裕二/ブルーバックス/講談社)、『単純な脳、複雑な「私』(池谷裕二/ブルーバックス/講談社)
 脳科学を少し勉強しようと思い次の2冊を読んだ。

(1)『進化しすぎた脳』(池谷裕二/ブルーバックス/講談社)
(2)『単純な脳、複雑な「私』(池谷裕二/ブルーバックス/講談社)

 この2冊、脳科学の研究者である著者が高校生を相手に実際に講義した内容をライブ風にまとめたもので、元は朝日出版社から2004年と2009年に刊行され、その後ブルーバックス版になったものだ。この2冊には次のような長いサブタイトルがついている。

(1)中高生と語る「大脳生理学」の最前線
(2)または、自分を使い回しながら進化した脳をめぐる4つの講義

 脳科学を少し勉強しようと考えた直接のきっかけは『脳の意識 機械の意識:脳神経科学の挑戦』(渡辺正峰/中公新書)を読んで、脳への興味がわいたからだ。

 ずいぶん昔に養老孟司の『唯脳論』読んで感心した記憶があり、何年か前に『超常現象の科学:なぜ人は幽霊が見えるのか』(リチャード・ワイズマン・文藝春秋)という本を面白く読んだこともある。そんな知見をベースに友人たちに「ほとんどの超常現象は脳内現象だよ」と知ったかぶりの吹聴をしたこともある。だが、胸に手をあてて考えると自分が脳について何も知らないことに気づき、入門書を何冊か読まねばと思ったのだ。

 『進化しすぎた脳』と『単純な脳、複雑な「私」』は脳科学の現状を垣間見るには恰好の入門書で、勉強にも刺激にもなった。講義を聞く高校生たちが優秀なのに圧倒されるが、そんな若い高校生に混じって池谷先生の謦咳に接している気分になる。

 この2冊のタイトル、門外漢には何を言っているのかよくわからない。特に(2)のタイトルとサブタイトルはディ―プだ。取っ付きにくい書名である。街頭で人を誘い込もうとするようなタイトルではなく、ストレートに内容の主旨を表したタイトルだ。だから、読了してはじめて書名の意味を了解できた。読み終えると、わかりやすい素敵な書名に思えてくる。脳は勝手だ。

 この2冊で脳の不思議を十分に感得できたが、とくに「あいまいさ」や「ゆらぎ」という要素が面白い。「あいまいさ」や「ゆらぎ」がある故に脳は機能しているという論旨には驚かされたし、体なくして脳はないという指摘も説得的で面白かった。

 本書で楽しいのは著者が研究対象である脳を「アホなやつ」「カワイイやつ」などと客観視して愛しんでいる箇所だ。しかし、終盤になって、脳を使って脳を考えるというリカージョン(再帰)とそのパラドックスを解説する局面になると、にわかにややこしくなってくる。謎も深まる。ある意味では見事な展開だ。

 単純に見えながら途方もなく複雑な脳というものを対象にした脳科学の魅力の一端を見せてもらった。

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