映画を観る前に『オデュセイア』を読んだ ― 2026年10月25日
『イリアス』を読んだのは3年前、続編にあたる『オデュセイア』もいつか読もうと購入し、書棚に積んだままだった。先月、クリストファー・ノーラン監督の映画『オデュッセイア』が公開された。いずれ映画を観ると思うので、その前に読まねばと思った。
かなり昔、ジュニア版は読んだのであら筋は頭に残っている。トロイ戦争の英雄オデッセウスの帰郷物語である。オデッセウスは海神ポセイドンの怒りを買ったため、艱難辛苦の旅となり帰郷に20年を要する。故郷のイタケ島では、王であるオデッセウスの不在につけこんで、オデッセウスの妻に求婚する者たちが押しかけ、飲食を強要し妻や息子たちを悩ましている。帰郷を果たしたオデッセウスは求婚者たちに復讐をとげる――という話である。西欧では、日本の桃太郎みたいに広く知れ渡った物語らしい。
『オデュセイア(上)(下)』(ホメロス/松平千秋訳/岩波文庫)
オデッセウスはトロイの木馬を考案した策略家である。トロイ戦争と言えば木馬だが、トロイ戦争の一部を描いただけの『イリアス』に木馬は出てこない。トロイ滅亡の話もない。オデュセイアは帰郷譚なので、こちらにも木馬は登場しないだろうと思っていた。だが、違っていた。
オデュセイアのかなりの部分はオデッセウスが語る「思い出話」や楽人たちが歌う「叙事詩」である。オデッセウスが黄泉の世界に赴いて死者たち(アキレウス、アガメムノンなど)の話を聞いたりもする。その中で、木馬の話、トロイ滅亡、アガメムノン殺害からオディプス王の話までいろいろな昔話が語られる。
本書を読んで感じたのは、『イリアス』『オデュセイア』の世界はギリシア悲劇やギリシア神話と同じ地平にあり、これらを一体で把握してこそ面白く鑑賞できるのだろうということだ。ギリシア神話という呼称が全体を統括する概念かもしれないが。
『イリアス』と同じように『オデュセイア』も神様が人間と一緒になって動き回る。オデッセウスを贔屓するアテネ神はほとんど出ずっぱりである。先月読んだ『古事記』も神と人間が混然一体の世界だった。洋の東西の昔話は似ているとも言えるし、やや異なっているようにも思える。
ローマ史家の本村凌二氏は、『オデュセイア』は『イリアス』より百年以上後に成立した作品と推測していた(『20の古典で読み解く世界史』)。登場人物の心性が違うとの指摘である。『イリアス』の登場人物が単刀直入で迷いがないのに対して『オデュセイア』の登場人物は用心深く、アレコレ考える。前者は「神々のささやき」が聞こえた時代、後者はそれが聞こえなくなった時代に成立したという推論だ。『オデュセイア』を読み終えてナルホドと感じた。
策略家オデッセウスは確かに疑り深い。帰郷に際しても乞食に変装して館に入る。本村氏によれば「最初の近代人」といわれているそうだ。
本書を読んでいて「飲食」と「睡眠」に関する描写が印象に残った。食欲をそそられたり、心地よい眠りに誘われたりする。いつの時代でも、人間にとってこの二つが大切だったのだと思う。
かなり昔、ジュニア版は読んだのであら筋は頭に残っている。トロイ戦争の英雄オデッセウスの帰郷物語である。オデッセウスは海神ポセイドンの怒りを買ったため、艱難辛苦の旅となり帰郷に20年を要する。故郷のイタケ島では、王であるオデッセウスの不在につけこんで、オデッセウスの妻に求婚する者たちが押しかけ、飲食を強要し妻や息子たちを悩ましている。帰郷を果たしたオデッセウスは求婚者たちに復讐をとげる――という話である。西欧では、日本の桃太郎みたいに広く知れ渡った物語らしい。
『オデュセイア(上)(下)』(ホメロス/松平千秋訳/岩波文庫)
オデッセウスはトロイの木馬を考案した策略家である。トロイ戦争と言えば木馬だが、トロイ戦争の一部を描いただけの『イリアス』に木馬は出てこない。トロイ滅亡の話もない。オデュセイアは帰郷譚なので、こちらにも木馬は登場しないだろうと思っていた。だが、違っていた。
オデュセイアのかなりの部分はオデッセウスが語る「思い出話」や楽人たちが歌う「叙事詩」である。オデッセウスが黄泉の世界に赴いて死者たち(アキレウス、アガメムノンなど)の話を聞いたりもする。その中で、木馬の話、トロイ滅亡、アガメムノン殺害からオディプス王の話までいろいろな昔話が語られる。
本書を読んで感じたのは、『イリアス』『オデュセイア』の世界はギリシア悲劇やギリシア神話と同じ地平にあり、これらを一体で把握してこそ面白く鑑賞できるのだろうということだ。ギリシア神話という呼称が全体を統括する概念かもしれないが。
『イリアス』と同じように『オデュセイア』も神様が人間と一緒になって動き回る。オデッセウスを贔屓するアテネ神はほとんど出ずっぱりである。先月読んだ『古事記』も神と人間が混然一体の世界だった。洋の東西の昔話は似ているとも言えるし、やや異なっているようにも思える。
ローマ史家の本村凌二氏は、『オデュセイア』は『イリアス』より百年以上後に成立した作品と推測していた(『20の古典で読み解く世界史』)。登場人物の心性が違うとの指摘である。『イリアス』の登場人物が単刀直入で迷いがないのに対して『オデュセイア』の登場人物は用心深く、アレコレ考える。前者は「神々のささやき」が聞こえた時代、後者はそれが聞こえなくなった時代に成立したという推論だ。『オデュセイア』を読み終えてナルホドと感じた。
策略家オデッセウスは確かに疑り深い。帰郷に際しても乞食に変装して館に入る。本村氏によれば「最初の近代人」といわれているそうだ。
本書を読んでいて「飲食」と「睡眠」に関する描写が印象に残った。食欲をそそられたり、心地よい眠りに誘われたりする。いつの時代でも、人間にとってこの二つが大切だったのだと思う。

最近のコメント