『90歳、男のひとり暮らし』を読んで考えたこと ― 2026年04月03日
新聞の書籍広告や本屋の店頭に「老人向けハウツー本」が多い。私は77歳である。私たちをターゲットに売り込んでいるのだと思うが、極力スルーしている。老人本につきあっていてはキリがない。だが、次の本を購入してしまった。
『90歳、男のひとり暮らし』(阿刀田高/新潮選書)
先日、阿刀田氏の『旧約聖書を知っていますか』を読んだ直後に本書を目にし、阿刀田氏が90歳でひとり暮らしだと知った。私は現在二人暮らしだが、将来どうなるかは何もわからない。13歳年長の男性のひとり暮らしがどんなものかを知っておくのも何か役立ちそうに思えたのである。
ユーモアを交えた読みやすいエッセイで、長生きのひとり暮らしも悪くないという気分にさせてくれる。食事は外食や宅配ではなく基本的に自炊だそうだ。感心した。私にはできそうにない。
本書に流れるトーンは「仕方ない」「これでいいのだ」「人生ってそんなもの」という肩の力が抜けた日々の感慨である。自己肯定の処世とも言える。見ならいたい境地だが、容易ではなかろう。
読書生活を綴った「おもしろい読書を知っていますか」には共感すると同時に、多少の波長の違いも感じた。
読書家と言われる人でも、おもしろい本と親しまない人が意外と多いのは「惜しい」と阿刀田氏は述べている。「おもしろいだけの本」を敬遠する人が多いのを残念がっているのだ。
私も読書は「おもしろい本」が第一だと思う。老後は(すでに老後なのだが…)おもしろい本だけを再読しながら過ごしたいものだ。そんな再読用の「おもしろい本」を発掘するのが現在の読書の目的のひとつでもある。だが、何を「おもしろい」と思うかが少々難しい。人によって「おもしろい」の基準はさまざまだし、読んだ時期によっても異なる。その時々の状況や気分によって何を「おもしろい」と感じるかが変わることもある。
阿刀田氏は「おもしろい本」と「知力を高める本」を区別し、「おもしろい本」に親しむことを勧めている。ご本人もわかっているだろうが、そう簡単に割り切れるものではない。阿刀田氏の『ギリシア神話を知っていますか』や『旧約聖書を知っていますか』などはどちらにも当てはまる。
『90歳、男のひとり暮らし』(阿刀田高/新潮選書)
先日、阿刀田氏の『旧約聖書を知っていますか』を読んだ直後に本書を目にし、阿刀田氏が90歳でひとり暮らしだと知った。私は現在二人暮らしだが、将来どうなるかは何もわからない。13歳年長の男性のひとり暮らしがどんなものかを知っておくのも何か役立ちそうに思えたのである。
ユーモアを交えた読みやすいエッセイで、長生きのひとり暮らしも悪くないという気分にさせてくれる。食事は外食や宅配ではなく基本的に自炊だそうだ。感心した。私にはできそうにない。
本書に流れるトーンは「仕方ない」「これでいいのだ」「人生ってそんなもの」という肩の力が抜けた日々の感慨である。自己肯定の処世とも言える。見ならいたい境地だが、容易ではなかろう。
読書生活を綴った「おもしろい読書を知っていますか」には共感すると同時に、多少の波長の違いも感じた。
読書家と言われる人でも、おもしろい本と親しまない人が意外と多いのは「惜しい」と阿刀田氏は述べている。「おもしろいだけの本」を敬遠する人が多いのを残念がっているのだ。
私も読書は「おもしろい本」が第一だと思う。老後は(すでに老後なのだが…)おもしろい本だけを再読しながら過ごしたいものだ。そんな再読用の「おもしろい本」を発掘するのが現在の読書の目的のひとつでもある。だが、何を「おもしろい」と思うかが少々難しい。人によって「おもしろい」の基準はさまざまだし、読んだ時期によっても異なる。その時々の状況や気分によって何を「おもしろい」と感じるかが変わることもある。
阿刀田氏は「おもしろい本」と「知力を高める本」を区別し、「おもしろい本」に親しむことを勧めている。ご本人もわかっているだろうが、そう簡単に割り切れるものではない。阿刀田氏の『ギリシア神話を知っていますか』や『旧約聖書を知っていますか』などはどちらにも当てはまる。

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