前近代を知らずに近代は語れない――『ヨーロッパ覇権以前』2022年07月10日

『ヨーロッパ覇権以前:もうひとつの世界システム(上)(下)』(アブー=ルゴド/佐藤次高・斯波義信・高山博・三浦徹訳/岩波現代文庫)
 西欧が興隆する以前の前近代世界システムを論じた次の本を読んだ。

 『ヨーロッパ覇権以前:もうひとつの世界システム(上)(下)』(アブー=ルゴド/佐藤次高・斯波義信・高山博・三浦徹訳/岩波現代文庫)

 オビに「グローバル・ヒストリーの古典的名著 待望の文庫化!」と謳っている。原著が出たのは33年前の1989年、翻訳が出たのは2001年、それが今年(2022年)4月に岩波現代文庫になった。

 著者(女性)は都市社会学者だそうだ。13世紀の国際交易網を8つの回路からなる「世界システム」として描いている(画像参照)。これらの回路の結節点にあるのが都市であり、それぞれの都市の位置づけや消長を通して前近代の交易を論じている。

 かなり専門的な内容で、未知の研究者の論考が頻出する。私には少々難しかったが何とか読了した。桑原隲蔵の蒲寿庚(南宋末から元初期のムスリム商人・軍人)に関する論考の紹介が出てきたときは、日本人研究者の国際性を感じて少しうれしかった。

 私はウォーラーステインの『近代世界システム』を読んでいないし、読む気力もない。「世界システム」とは何かもよくわかっていない。それでも、本書を読むと13世紀の世界システムの姿がおぼろに浮かびあがる。また、それが西欧覇権の近代世界システムに置き換わったことの不思議と偶然に歴史の妙を感じる。

 本書は西欧中心史観を転換する書である。西欧的視点を感じる箇所もあるが、16世紀以降の西欧が海外進出によって発展し、近代資本主義が誕生した、という短絡的な見方に批判的で、西欧が見落としていた前近代の広大な世界に着目している。西欧が興隆する以前の中国・中央アジア・東南アジア・インド・中東はグローバルな経済社会を構築していて、西欧はその周縁のひとつに過ぎなかった。

 本書が論じる13世紀の世界システムは、「海運・航海の技術」「生産・売買の社会組織」「協業・資本蓄積のメカニズム」「貨幣鋳造・交換の技術」などにおいて、後の西欧覇権の時代に匹敵するものを既にもっていた。アジアや中東にウエイトがあったグローバル経済が、数世紀後にはなぜ西欧覇権の世界に転換したのか。西欧が中東・アジアを打ち負かしたのではない。13世紀世界システムが退化・衰退し、その空白に西欧が進出したのだ……それが著者の見解である。

 十分に理解できたわけではないが興味深い見方である。旧システムが新システムに転換する際に「ルールの変化」があり、旧システムは新システムのルールに対応できなかったという見方も面白い。旧システムは連携・共存と相互忍耐から利益を引き出す対等関係の世界だった。しかし、新システムは略奪と覇権の世界だった。退化しつつあった旧システムは新システムに対して無防備だったのだ。ナルホドと思ってしまう。前近代を知らずに近代史だけを学ぶのは危険だと感じる。

 本書巻末の「もうひとつの世界システム――岩波現代文庫によせて」では、訳者の一人である三浦徹氏が、本書をめぐるその後の論調を要領よく紹介している。グローバル・ヒストリーへの興味が喚起される。

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