沖縄の歴史と状況を収斂させた舞台2022年01月16日

 東京芸術劇場プレイハウスで『hana 1970、コザが燃えた日』(作:畑澤聖悟、演出:栗山民也、出演:松山ケンイチ、余貴美子、他)を観た。

 今年は沖縄返還50周年である。50年という月日は長い。この半世紀で沖縄は変わったかもしれないが、米軍基地の島というベースは変わっていない。時間だけが無為に流れたようにも感じる。

 沖縄返還50周年の年頭上演のこの芝居は、そんな沖縄の状況を想起させる。タイトルが明示しているように、舞台の日時はコザ暴動が発生した1970年12月20日未明である。場所はコザにある米軍兵相手の「hana」という酒場兼質屋である。1幕1時間40分休憩なしのこの芝居は、酒場が閉店した深夜0時過ぎ(まだ暴動は発生していない)に始まり、実時間(100分)で幕切れまで進行する。

 暴動はhanaの窓の外で繰り広げられる出来事であり、暴動そのものを描いた芝居ではない。暴動は象徴的な背景である。この芝居はhanaを巡る人々によって、hanaという場所に沖縄の歴史と状況を収斂させている。濃縮された舞台である。この店の関係者と閉店後も出入りする人、つまり全登場人物を列挙すると以下の通りだ。

 女主人、居候の男(女主人の事実上の亭主)、女主人の娘(二十歳前)、女主人の長男(ヤクザ)、女主人の次男(教員)、次男の同僚の教員、同僚教員の知り合いのカメラマン(本土からの旅行者)、米軍の脱走兵(女主人に匿われている)、以上8人である。女主人と長男、次男は互いに血のつながりはなく、実子の娘は幽霊だ。この8人の取り合わせに感心した。歴史と状況のあれこれを十全に8人に反映させている。hanaの深夜の100分に沖縄の時空が詰め込まれている。

 舞台奥、hanaの窓外で店名を示すネオン看板は芝居の間は消えている。閉店後の話だから当然である。そのネオン看板がカーテンコールの時には点灯していた。何故か感動した。