『菅原伝授手習鑑』を観て歌舞伎の門前でためらう2015年03月19日

歌舞伎座正面、『名作歌舞伎全集 第2巻 丸本時代物集1』(東京創元社)
 歌舞伎座で『菅原伝授手習鑑』の通し公演を観た。昼の部と夜の部を一日で観るのはしんどいので、二日がかりで観た。私は歌舞伎に関しては入門者以前の素人だが、今回の観劇でとりあえずの宿題を終えた気分になった。これで、歌舞伎の三大名作『仮名手本忠臣蔵』『義経千本桜』『菅原伝授手習鑑』を昼夜の通しで観たことになるからだ。

 私が初めて歌舞伎座に行ったのは約30年前、三十代半ばの頃で、『仮名手本忠臣蔵』を二日がかりで観た。あの時は、歌舞伎ではなく忠臣蔵への関心がメインだった。その頃、俄かに忠臣蔵フリークになり、忠臣蔵関連の書籍やビデオを集め始めた。その一環で、忠臣蔵の総本山のような存在の『仮名手本忠臣蔵』を観ないわけにはいかないと思い、歌舞伎座のチケットを購入したのだ。

 歌舞伎を観るにあたって、事前に台本を読んでおかなければ理解しにくいだろうと思い、『名作歌舞伎全集 第2巻 丸本時代物集1』を購入した。この本には『仮名手本忠臣蔵』『菅原伝授手習鑑』『義経千本桜』の三編が収録されていた。解説文でこの三作が歌舞伎の三大名作だと知り、いずれ、忠臣蔵以外の二作も観たいものだと思った。

 約30年前に観た『仮名手本忠臣蔵』は市川団十郎(12代目・故人)。片岡孝夫(現・仁左衛門)、坂東玉三郎をメインにした配役だった。孝夫・玉三郎の姿が世評通りに美しいのには魅了された。そのときは、これからは歌舞伎も持続的に観ようと思った。しかし持続しなかった。会社勤めの社会人にとって、時間的にも金銭的にも歌舞伎はきつい。一般の演劇はアフターファイブに観劇できるが、夜の部が午後4時過ぎに始まる歌舞伎は休日でなければ観ることができない。

 歌舞伎観劇が持続しなかったのは、結局のところ、私の関心分野の中での相対的順位がさほど高くはなかったからである。しかし、長い年月を経て六十代になり時間的余裕もできたので、ボツボツ歌舞伎を観るようになった。『義経千本桜』を二日がかりで観たのは昨年で、他にもいくつかの公演を歌舞伎座や国立劇場で観ている。そして、今年になって『菅原伝授手習鑑』を観た。

 とりあえず三大名作を観た入門者以前の身としては、これから歌舞伎とどうつきあっていくか少々迷っている。歌舞伎は不思議な魅力をもった演劇で、この世界に深入りするのは危険な気がする。歌舞伎を観ることは、もちろん勉強ではなくて娯楽である。私だって観劇を宿題と考えているわけではなく、面白いから観ているのだ。その面白さを追究していくと歌舞伎に淫することになりそうで、少し怖いのだ。

 遊びを「遊び半分」にやるのはよくないという考えがある。遊びこそは、手抜きをせずに徹底しなければ面白くないということである。一理あるとは思う。だが、果てしなく奥が深そうな歌舞伎を「私の遊び」にすることには躊躇する。人生に残された時間は限られている。今後も、歌舞伎に関しては門の前でウロウロし、ややモノ足りない気分を抱えた中途半端なつきあいが続くだろう。