3年後に滅亡する世界の日常を描いた『マイクロバスと安定』2025年11月16日

 本多劇場で竹生企画第四弾『マイクロバスと安定』(作・演出:倉持裕、出演:竹中直人、生瀬勝久、飯豊まりえ、他)を観た。竹生企画とは竹中直人と生瀬勝久の芝居を倉持裕の作・演出で上演する企画で、今回が4作目だそうだ。

 演出家(竹中直人)の屋敷が舞台である。この屋敷にはアトリエ公演もできる稽古場がある。舞台は玄関に連なる応接室のような空間で、奥の稽古場は見えない。稽古場では女優の一人芝居の練習が始まっている。演出家の旧友(生瀬勝久)が娘(飯豊まりえ)を連れて数十年ぶりに演習家の屋敷を訪れる場面から芝居が始まる。旧友は、かつて演出家と共に劇団をやっていたことがあり、現在は学習塾の経営者である。

 日常生活的ドラマを予感させるが、この世界は3年後に滅亡することになっている。小惑星が衝突するのだ。人々は皆その事実を知っている。

 『マイクロバスと安定』という意味不明のタイトルの含意は芝居を観ているうちに見えてくる。

 旧友(塾経営者)の車がマイクロバスであり、旧友はこのマイクロバスで娘を演出家の稽古場に送り迎えすることになる。部屋の窓に時おり映るテールランプの赤い光が印象深い。

 「安定」は怒涛の混乱期を経た後の平穏なひとときの時間を示しているようだ。小惑星衝突という未来を知った世界は大混乱に陥り暴動も発生する。そんな混乱の時代を経て、世界滅亡を受け容れ、残された時間を坦々と過ごそうとする人々が増てきたのだ。

 非日常的設定のなかの日常のなかで、人々はどのように時間を過ごしていくのか。もちろん、人それぞれだろうが、不思議な緊張感を秘めた日常が切ない時間を刻んでいく。演習家と旧友は仲がよくない。過去の確執をかかえている。だが、旧友は女優志望の娘の要望を容れて演出家を訪ねたのだ。演出家と旧友の奔放に変転するやり取りが面白い。

 この芝居は、死すべき運命を抱えた人間がもつ記憶の作用を語っているように見える。30年前の記憶を掘り起こす演出家と旧友との会話に、現在を生きる人間は、現在と共に記憶の世界にも生きているとの感を強くした。

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