劇団唐ゼミの『少女仮面』の演出は新鮮2025年08月22日

 恵比寿・エコー劇場で劇団唐ゼミ公演『少女仮面』(作:唐十郎、演出:中野敦之、出演:椎野裕美子、津内口淑香、丸山正吾、米澤剛志、他)を観た。唐十郎が教授を務めた横浜国大のゼミナールをもとに発足した劇団唐ゼミの存在は以前から知っていたが、その公演を観るのは今回が初めてである。

 劇団唐ゼミを主宰する演出家・中野敦之氏は、唐十郎逝去(2024年5月4日)の半年後に出た『唐十郎襲来!』に「唐十郎戯曲上演のための新たな方法論:戯曲読解による現在化、上演方法の普遍化のために」と題する文章を寄せていた。唐戯曲の条理と解析を明晰に説いた興味深い演出論で、『少女仮面』を実例に取り上げている。この芝居を「宝塚のスターを騙る、陽の目を見ない初老の女(春日野八千代)が女優業にしがみつく物語」としているのに驚いた。劇団唐ゼミの芝居を観たくなり、今回実現した。

 私は『少女仮面』をいくつか観ている。2カ月前にも渡辺えりが43年ぶりに春日野を演じた『少女仮面』を観た。今まで観た舞台をきちんと記憶しているわけではないが、今回の舞台で新鮮に感じた部分がいくつかあった。

 今回の公演には「A 同期の桜組」「B ニューウェーブ組」があり、役者が異なる。メインの劇団員は両方に出演しているが役は異なる。私が観たのはAである。

 地下喫茶店「肉体」の壁(舞台正面)にかかっている「古代地球の火山の絵」が、額縁の絵でなく巨大な壁画になっていた。空を飛ぶトンボの影は爆撃機のようだ。この背景壁画が赤い照明で浮かび上がったりもする。地下喫茶店の頭上の地上世界を描いているようにも見えて効果的だ。

 「水飲み男」は戦後の焼け跡を引きずる存在だが、今回の芝居ではその時代性が、背景壁画の迫力で普遍的に見えてくる。ちょっと怖い。

 舞台上手には大きな鏡をしつらえている。16歳の「貝」だけでなく「老婆」も自分の姿を鏡に写して容姿を確かめる。「それでも時がゆくならば、婆アは乙女になるかしら」を象徴しているようだ。

 ラストシーンは、中野氏が「…方法論」で述べているように、元の戯曲を変えている。春日野の「あたしは、何でもないんだ!」で終わるのではなく、冒頭で老婆が歌った劇中歌「時はゆくゆく」を春日野が歌うシーンを付加している。印象的な台詞「…錬肉術は誰にしよう?」を盛り込んだ長い歌である。そして「何よりも、肉体を!」で幕になる。確かにこのラストの方がいい。