神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世あれこれ復習2024年08月19日

『物語イタリアの歴史』(藤沢道郎/)、『神聖ローマ帝国』(菊池良生)、『文明の道(4) イスラムと十字軍』
◎フェデリコ? 誰やねん?

 先日観た芝居『破門フェデリコ~くたばれ!十字軍~』のパンフレットに、作者・阿部修英氏が「ただこのフェデリコ。日本では正直『誰やねん』。」と書いていた。その通りだと思う。私がこの皇帝の名を知ったのは約10年前、60歳を過ぎてからだ。

 神聖ローマ皇帝フリードリヒ(フェデリコ)2世に関する一般書はさほど多くはない。私が読んだ評伝は次の2冊である。

 『皇帝フリードリッヒ二世の生涯』(塩野七生/2013.12)
 『フリードリヒ2世』(藤澤房俊/2022.3)

 前者は歴史小説、後者は研究者による評伝である。どちらもこの皇帝を高く評価しているが、内容は多少食い違っている。前者がフリードリヒを「政教分離」「法治国家」という近代的概念を追究したルネサンスの先駆者と見なしているのに対し、後者はあくまで中世という時代の枠内で活躍した皇帝としている。

 日本人にとっては『誰やねん』状態のフリードリヒ2世が、歴史概説書ではどのように描かれているか、わが身辺のささやかな資料を再確認した。というか、昔読んだ本の内容を失念しているから、パラパラと読み返してみたのである。

◎高校世界史では…

 まず、高校世界史だ。教科書に載っている用語すべてを収録した『世界史用語集』(山川出版社)には、次の簡潔な解説が載っている。

 「フリードリヒ2世 1194~1250 神聖ローマ帝国皇帝(在位1215~50)。シチリア王を兼ね、外交交渉でイェルサレムを回復して地中海に支配権を確立した。

 高校世界史はこの皇帝を無視しているわけではない。

◎世界史シリーズ本では…

 続いて、世界史シリーズ『大世界史』(全26巻/文藝春秋)、『世界の歴史』(全30巻/中央公論社)、『週刊朝日百科 世界の歴史』(全26巻)の西欧中世の巻を確認した。いずれも、かなり昔の本だ。

 『中世の光と影(大世界史 7)』(堀米庸三/1967.12)は、外交交渉で一時エルサレムを回復したフリードリヒ2世の十字軍を、破門中の皇帝の仕事であるがゆえに「十字軍と名づけてよいかどうかも疑わしい」と述べている。人物像については「その性格は、彼の同時代の君主中まれにみる学殖とともに、謎につつまれた部分が少なくない」とし、ブルクハルトの「中世における最初の近代人」という言葉を紹介している。

 『西ヨーロッパ世界の形成(世界の歴史 10)』(佐藤彰一、池上俊一/1997.5)は社会史にウエイトを置いた概説書で、エルサレム無血回復には触れていない。教皇側の視点で「フリードリヒ2世の領土的野心に苦しみつつも教権伸長につとめ…」と述べているのが面白い。終章の「国民国家の懐胎」において、「フリードリヒ2世には、普遍的国家の主権にすべてを服従させようという、もっとも極端で完璧な秩序への情熱がうかがわれる」と述べている。ひとつの評価だと思う。

 『週刊朝日百科 世界の歴史』の第53号『13世紀の世界 人物』(1989.11)はフリードリヒ2世の伝記的解説に約1ページ半をあてている(筆者:橋口倫介)。エルサレムの無血開城を「破天荒の解決策を断行」と表現し、「後世の歴史家はこぞって彼を「時代の変革者」と高く評価している」と述べている。フリードリヒ2世を肯定的に紹介した解説記事だ。

◎概説書3冊

 世界史シリーズ本が概ねフリードリヒ2世に軽く言及しているのに比べて、次の3冊はフリードリヒ2世に相応のページを割いている。

 ①『物語イタリアの歴史』(藤沢道郎/中公新書/1991.10)
 ②『神聖ローマ帝国』(菊池良生/講談社現代新書/2003.7)
 ③『文明の道(4)イスラムと十字軍』(清水和裕・高山博・他/NHK出版/2004.1)

◎『物語イタリアの歴史』では…

 藤沢道郎氏の①の新書は全十話から成り、第4話「皇帝フェデリーコの物語」は、34ページをあてた簡潔明瞭で興味深い評伝である。

 フリードリヒ2世を語学・文学・科学などに秀でた万能人とし、「封建的な神権国家の理念を乗り越えて、近代的な国家理念を最初に体現した人」と評価している。法による支配を追究し、法体制の権威の根拠をカトリック教会ではなく古代ローマに求めたのは、ルネサンスに200年先駆けた古典古代復興だった、との見解である。

 フリードリヒ2世は異端を迫害する。反神秘主義の合理主義者が、異端迫害では期せずして教皇庁と一致したのは、宗教紛争を無秩序の要因と考えたからだとし、彼の強権的で苛烈な面も紹介している。

 晩年のフェデリコ2世はロンバルディア都市連合の反乱鎮圧に失敗する。その死闘のさまを「皇帝フェデリーコの姿は血を滴らせた地獄の魔王であった」と表現している。鎮圧失敗の要因として、都市連合の経済力とカトリック教会の民衆への影響力を過少評価したせいだとし、次のように述べている。

 「理性の人であり続けた皇帝フェデリーコは、道徳と感情の力を測り損ねたのである。」

◎『神聖ローマ帝国』では…

 菊池良生氏の②の新書本は「第5章 フリードリヒ2世―「諸侯の利益のための協定」」で25ページをフリードリヒ2世にあてている。この解説には①の藤沢氏の文章からの引用が何か所かあり、全体のトーンは①に近い。皇帝と教皇の対立を「理性と宗教の戦い」としている。

 フリードリヒ2世をニヒリストと見なし、「あらゆる価値を徹底して相対化していく積極的ニヒリスト」「当代随一のニヒリスト」と呼んでいる。

 また、彼を「ラストエンペラー」と表現しているのも面白い。彼の軸足はイタリアにあり、ドイツは分断統治する属州扱いだった。その分断統治が無数の領邦国家に分裂したドイツの姿につながる。フリードリヒ2世はローマを帝都と見なすローマ帝国の最後の皇帝であり、彼の後は神聖ローマ皇帝の「大空位時代」となる。

◎『文明の道(4) イスラムと十字軍』では…

 ③はテレビ番組『文明の道』の関連図書である。2003年11月放映の「NHKスペシャル 文明の道 第7集 『エルサレム 和平・若き皇帝の決断』」はフリードリヒ2世に焦点を当てた番組だった。この番組の取材協力者・高山博氏が本書に「フリードリッヒ2世と十字軍」という記事(21ページ)を書いている。

 フリードリヒ2世がアル・カーミルとの交渉によってエルサレムを無血で取り戻した件(ヤッファ協定)に焦点を当てた記事である。この平和共存の協定はキリスト教徒からもイスラム教徒からも評価されず、それぞれの側で激しい非難の渦が巻き起こる。10年という平和の期限の間は協定は守られたが、その後長く、フーリードリヒの十字軍はヨーロッパでは評価されなった。

 だが、ヨーロッパ中心の世界史認識から複数の文化圏が併存する世界史認識への変化を反映して、フリードリヒの十字軍は評価されるようになる。その再評価に着目する高山氏は、次のように述べている。

 「フリードリッヒ2世とアル・カミールに焦点を当て、ヨーロッパ史とイスラムの枠を超えた歴史事象を見ようとする行為は、まさに、地球上のさまざまな人間集団の歴史を包摂する、そのようなグローバル・ヒストリー構築への第一歩なのである。」

◎よくわからない…

 フリードリヒ2世に関するいくつかの文章を読み返し、伝説や神話も含めてこの人物の面白さを再認識した。ドイツとイタリアに対する統治方針の違いなど、わかりにくい事項も多い。人物像は魅力的だが、後のドイツ史やイタリア史にもたらした影響がプラスなのかマイナスなのか、いまひとつよくわからない。