『シャーロック・ホームズの凱旋』を一気読み2024年04月02日

『シャーロック・ホームズの凱旋』(森見登美彦/中央公論新社)
 シャーロック・ホームズが京都で活躍する小説がベストセラーになっていると聞いて購入、一気に読了した。

 『シャーロック・ホームズの凱旋』(森見登美彦/中央公論新社)

 私はシャーロキアンではないがホームズのファンである。中学生の頃に新潮文庫のホームズ本にハマった。高校生になった頃までに正典60編全部を読んだと思う。30代の頃(40年前だ)には各種シャーロキアン本をかなり読んだ。ホームズ物語から派生した何篇かのパロディ小説も面白く読んだ。

 森見登美彦氏の小説を読むのは初めてである。読み始めてすぐ、期待通りの面白さだと思った。舞台はヴィクトリア朝の京都というロンドンと京都が混合した摩訶不思議な都市。ホームズは寺町通221Bの一室に住んでいる。家主はもちろんハドソン夫人だ。語り手のワトソンはすでにメアリーと結婚し、下鴨本通に自宅兼診療所を構えている。この異形世界に関する説明はない。強引なマジック・リアリズムの面白さがある。

 ホームズはスランプに陥っている。彼が解明するべき喫緊の案件がスランプからの脱出策という設定も面白い。モリアーティ、アイリーン・アドラーなどの役者もそろい、期待が高まる。

 しかし、物語の中盤で少々しらけた。オカルトになってきたからだ。合理的説明のないオカルトはミステリーでは禁じ手だと思うが、作者はそのまま突っ走る。仕方なく伴走していると、また面白くなってきた。この小説はミステリーやSFではなく、怪奇小説でもなく、異世界ファンタージーの一種のようだ。

 京都とロンドンが混在している世界とは別に純ロンドンの世界が現れてくるのに感心した。マジック・リアリズムをリアリズムで上書きする爽快さがある。ホームズ物語の多くの登場人物たちが一同に会するというメタ・フィクション的楽しさもある。

 中盤を過ぎてからは、この小説はメタ・フィクションとして完結するのだろうと予感した。語り手のワトソンやホームズは合理的思考の人物だが、真の作者ドイルはオカルトにのめりこんだ人物だ。また、ホームズの抹殺を試みたのはドイル自身である。そんな事情を反映したメタ・フィクションへの疾走を期待した。

 だが、終盤になってメタ・フィクションからフィクションに転換し、舞台は純ロンドンから京都に戻る。そして、ホームズやワトソン夫妻一行の大文字山ピクニックで大団円となる。当世風ファンタージーの趣向だろうか。

 久々にホームズの正典を読みたくなった。

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