ウクライナの歴史が少しわかった2022年04月07日

『物語ウクライナの歴史:ヨーロッパ最後の大国』(黒川祐次/中公新書)
 本屋に平積みになっていた次の新書を読んだ。

 『物語ウクライナの歴史:ヨーロッパ最後の大国』(黒川祐次/中公新書)

 20年前の2002年8月に出た新書で、著者は元ウクライナ大使である。今回の戦争で新たな腰巻で増刷したようだ。私が入手したのは2022年3月25日11版だった。

 私はウクライナの歴史をほとんど知らない。思い浮かべることができるウクライナに関する歴史事象は、スターリンが引き起こした大飢餓だ。5年前に読んだ『ブラッドランド』で、1930年代にウクライナの農民が330万人も餓死したと知って慄然とした。と言っても、ソ連の一地方の出来事と思い、ウクライナを「国」とは捉えてはいなかった。

 ヘロドトスが語るスキタイからソ連崩壊後までのウクライナ周辺の歴史を概説した本書を読んで、ウクライナという「国」の成り立ちがかなりくっきりしてきた。10世紀のキエフ・ルーシー公国成立から21世紀までの1000年の歴史は、いろいろな民族(部族)が行き交い混じり合い、かなり複雑である。それでも、現在のウクライナとロシアの関係の由縁が見えてくる。

 本書は「第2章 キエフ・ルーシー ―― ヨーロッパの大国」の次が「第3章 リトアニア・ポーランドの時代」である。これを見て変だと感じた。この地域はモンゴルによるキプチャク・ハン国の時代があったはずだと思ったのだ。

 本文を読むと、モンゴル支配の時代は第2章に含まれていた。キエフ・ルーシー大公国やモスクワ公国などの諸公国はモンゴルの支配下で税を納めて平和に存続していたから、この章立てで問題ないのだ。なるほどと理解した。

 歴史は地図の色分けの変遷だけでは理解できない。キプチャク・ハンに色分けされた地域にキエフ・ルーシー大公国が重なっているように、表層の歴史地図では見えない国や地域がある。ウクライナはまさにそんな「国」である。ロシアやポーランドあるいはオーストリアの色で塗られた地図の下層にウクライナは連綿と存在していたのだ。

 と言うものの、事態はもっと輻輳している。民族意識は時間と場所で濃淡があり、混ざったり同化したりもする。そもそも国民国家という概念が成立する以前の歴史では、その地で暮らす人々と支配者、さらにその上の支配者との関係は流動的であり、それぞれの時代に生きた人々の意識を推測するのは難しい。

 本書で面白く感じたのは、ロシア側の歴史の見方とウクライナ側の歴史の見方の食い違いや、支配者が過去の事績や文書を改竄するさまを紹介している点である。どこにでもある普遍的な事象だろうが、歴史の難しさと面白さを感じる。

 1991年12月、ウクライナは独立を宣言し、ソ連は解体する。このウクライナの独立宣言は20世紀になってから何と6回目の独立宣言だった。過去5回の独立は長続きしなかったが、今回は実質的な独立になった。著者は、この平和裏の独立を「棚ぼた」的な「目出度さも中くらい」の独立だったとしている。旧体制の中枢にいた者が独立派にやすやすと転向し、看板が替わっただけに近いからである。

 本書刊行から20年、いまウクライナは流血の戦火のなかにある。これが新たな「独立」につながるのだろうか。

 それにしても、人間の集団とは、歴史という物語を必要とする業をかかえた、やっかいなものだと思えてくる。