『カルタゴ興亡史』(松谷健二)は「喩え」が面白い2019年09月23日

『カルタゴ興亡史:ある国家の一生』(松谷健二/中公文庫)
 『通商国家カルタゴ』(栗田伸子・佐藤育子/講談社学術文庫)を読んでカルタゴ関連本をもう少し読みたくなった。ネット検索して、まず次の文庫本を入手した。

 『カルタゴ興亡史:ある国家の一生』(松谷健二/中公文庫)

 著者の松谷健二という名はドイツSFの翻訳者と同じなので同姓同名の別人と思ったが、同一人物だった。元大学教授の松谷氏は『宇宙英雄ペリー・ローダン』シリーズなどの翻訳のかたわら歴史書や小説も書いていたそうだ。1998年に69歳で亡くなっている。本書の元の単行本は1991年刊行である。

 書き出しは軽妙なエッセイ風で読みやすそうに思えた。だが、複雑な歴史をかなり詳しく解説しているので頭が混乱してくる。エンタメ小説のようにスラスラとは読めない。人名と地名の奔流を追うのが大変である。カルタゴには同名の異人が多い(ハノン、ハスドゥルバル、ハミルカム他)のも悩ましい。

 著者の感慨が随所に折り込まれているのが楽しい。シチリアの諸都市、ギリシアの諸都市とカルタゴが絡んだシチリア争奪の歴史は合従連衡の連続で特にゴチャゴチャしている。それを記述する著者の語り口は次の通り。

 「まさに同じことの繰り返しで、書いているとうんざりするほどだが、当事者はそれどころではない。」「話はまだシチリアのギリシア世界を中心につづく。しばらくご辛抱いただきたい。なにしろ資料はギリシア側ばかりで、カルタゴのことはそれを通してのぞく他ないのだから。」

 本書の「あとがき」で著者は、森本哲郎の『ある通商国家の滅亡:カルタゴの遺書』を意識したであろう感想を述べている。森本哲郎はロ―マをアメリカ、カルタゴを日本に擬して「エコノミックアニマル・日本」ヘ警鐘を鳴らしたが、著者はカルタゴと日本がそっくりという見方に首をひねっている。似ている点もあれば違っている点もあり、日本が教訓とする国家はいくらでもあると述べている。その通りだと思う。

 とは言うものの、松谷氏も本書の中で古代の世界を興味深い見立てで解説している。

 ポエニ戦争以前のギリシアとシチリア(ギリシアの植民都市群)の関係を往年の英国とアメリカに見立てているのはわかりやすい。シュラクサイは本国のどの都市より強大なニューヨークである。ギリシア本国は一つの国ではないので、アテナイ、コリントはイングランド、スパルタをスコットランドに見立てている。

 他にも、時代状況によってスパルタをプロシアに見立てたり、ローマを英国に見立てたり、ローマのカルタゴ観は中世ヨーロッパの人がユダヤ人に抱いた感情に似ていると指摘したりしている。こういう喩えは、さほど厳密ではなくてもイメージ形成の助けになる。人間の歴史の多くは多様な繰り返しなので、似た状況はいろいろ発見できそうに思える。

 また、第一次ポエニ戦争の頃のギリシア系シチリア人に関する次のような記述も面白い。

 「シチリアのギリシア人にとり、カルタゴは彼らと似た面をもつ文明国だったが、イタリアはどうしても半野蛮国としか見えなかったのである。」

 カルタゴが滅亡する紀元前146年までの歴史は、ローマが半野蛮国を脱して文明国になっていく歴史と見ることもできる。新鮮な視点である。

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