オール男性の宮本亜門演出『サド侯爵夫人』を観た ― 2026年01月11日
紀伊國屋サザンシアターで『サド侯爵夫人』(作:三島由紀夫、演出:宮本亜門、出演:成宮寛貴、東出昌大、三浦涼介、大鶴佐助、首藤康之、加藤雅也)を観た。三島戯曲の最高峰と言われる芝居である。
昨年1月の「三島由紀夫生誕百年のつどい」というイベントをネット動画で観た。このイベントで村松英子と対談した宮本亜門が「今年は『サド侯爵夫人』に挑戦する」と述べていたので心待ちにしていた。宮本亜門演出の三島作品を観るのは『ライ王のテラス』に続いて2本目である。
この芝居の登場人物6人は全員女性である。今回の公演はそれを男性が演じている。私は14年前に蜷川幸雄演出の『サド侯爵夫人』を観たが、あのときも男優が6人の女性を演じていた。18世紀末フランスの貴婦人たちの会話劇という異世界めいた舞台を構築するには、リアルな女優より異形の男優の方が適しているのかもしれない。
開幕時刻、まだ客席の灯りが点いているとき、舞台中央に男が現れ、何かアナウンスをする気配で立つ。客席のざわめきが次第におさまるが、男は無言のまま数分間立ち続ける。そして「三島由紀夫自決5年前の作品」と叫び、舞台後方へ去る。彼は家政婦シャルロット役の首藤康之だった。もちろん戯曲にはない趣向だ。
この前口上を聞いたとき、私はドキッとした。観劇前日、この戯曲の執筆時期が気になり、自決(1970年11月)の5年前の1965年だと確認した。そして、この時期は文学者・三島由紀夫の最盛期だったのではと感じたばかりだった。
『サド侯爵夫人』は『文芸 1965年11月号』に発表された。私が高校2年のときだ。私はこの雑誌で『サド侯爵夫人』を読んだ。その雑誌はいまも保管している。古書で入手した雑誌なので、読んだのは発表から1年ほど経ってからのような気がする。戯曲発表と同時に『サド侯爵夫人』は劇団NLTで上演(出演:丹阿弥律子、村松英子、他)、新聞などで大きく取り上げられた。当時の好評が記憶に残っている。
あらためて1965年という時期を振り返ってみる。三島由紀夫はまだ自衛隊に体験入隊していないし、盾の会も発足していない。川端康成のノーベル文学賞受賞(1968年)の3年前で、三島由紀夫は日本人初のノーベル文学賞受賞者になると目されていた。自作を自ら脚色・監督・主演した映画『憂国』を完成させ、ライフワーク『豊穣の海』の第1作『春の海』の連載を開始したのが1965年である。
そんな時期に発表した『サド侯爵夫人』は、優雅で華麗な台詞を交錯させながら時代と状況が変転していく三幕劇である。この芝居にサド侯爵は登場しない。ほぼ全編、サド侯爵の行状や人間像を巡る女性たちの会話で成り立っている。
第1幕は1772年、サド侯爵は逃亡中である。第2幕は6年後の1778年、サド侯爵は獄中にいる。第3幕は12年後の1790年、フランス革命勃発後の騒然とした時代である。革命によってサド侯爵は牢獄から解放され帰ってくる。老いたサド侯爵が屋敷の戸口に到着したと家政婦が告げるシーンで幕になる。よくできた構成だ。
貴婦人を演じる男優たちに違和感はまったくない。衣装はやや抽象的なロングドレスである。サド侯爵夫人のルネ(成宮寛貴)は白、他の夫人たちは黒と色分けしている。ルネの妹アンヌ(三浦涼介)だけはドレスでなく露出度の高いエロチックな衣装だ。アンヌの位置づけを鮮明にする仕掛けだろう。
この公演のラストシーンには驚いた。帰還したサド侯爵を拒絶したルネは修道院に向かう。舞台中央に立ったルネは客席に背を向けて舞台奥へ歩いて行く。そのとき。白いドレスを脱ぎ捨てて全裸になるのだ。この世の俗事を脱ぎ捨て、男も女も超えた人間ならざる者へ脱皮する姿を表しているようにも見える。男優起用ならではの演出だと思った。
昨年1月の「三島由紀夫生誕百年のつどい」というイベントをネット動画で観た。このイベントで村松英子と対談した宮本亜門が「今年は『サド侯爵夫人』に挑戦する」と述べていたので心待ちにしていた。宮本亜門演出の三島作品を観るのは『ライ王のテラス』に続いて2本目である。
この芝居の登場人物6人は全員女性である。今回の公演はそれを男性が演じている。私は14年前に蜷川幸雄演出の『サド侯爵夫人』を観たが、あのときも男優が6人の女性を演じていた。18世紀末フランスの貴婦人たちの会話劇という異世界めいた舞台を構築するには、リアルな女優より異形の男優の方が適しているのかもしれない。
開幕時刻、まだ客席の灯りが点いているとき、舞台中央に男が現れ、何かアナウンスをする気配で立つ。客席のざわめきが次第におさまるが、男は無言のまま数分間立ち続ける。そして「三島由紀夫自決5年前の作品」と叫び、舞台後方へ去る。彼は家政婦シャルロット役の首藤康之だった。もちろん戯曲にはない趣向だ。
この前口上を聞いたとき、私はドキッとした。観劇前日、この戯曲の執筆時期が気になり、自決(1970年11月)の5年前の1965年だと確認した。そして、この時期は文学者・三島由紀夫の最盛期だったのではと感じたばかりだった。
『サド侯爵夫人』は『文芸 1965年11月号』に発表された。私が高校2年のときだ。私はこの雑誌で『サド侯爵夫人』を読んだ。その雑誌はいまも保管している。古書で入手した雑誌なので、読んだのは発表から1年ほど経ってからのような気がする。戯曲発表と同時に『サド侯爵夫人』は劇団NLTで上演(出演:丹阿弥律子、村松英子、他)、新聞などで大きく取り上げられた。当時の好評が記憶に残っている。
あらためて1965年という時期を振り返ってみる。三島由紀夫はまだ自衛隊に体験入隊していないし、盾の会も発足していない。川端康成のノーベル文学賞受賞(1968年)の3年前で、三島由紀夫は日本人初のノーベル文学賞受賞者になると目されていた。自作を自ら脚色・監督・主演した映画『憂国』を完成させ、ライフワーク『豊穣の海』の第1作『春の海』の連載を開始したのが1965年である。
そんな時期に発表した『サド侯爵夫人』は、優雅で華麗な台詞を交錯させながら時代と状況が変転していく三幕劇である。この芝居にサド侯爵は登場しない。ほぼ全編、サド侯爵の行状や人間像を巡る女性たちの会話で成り立っている。
第1幕は1772年、サド侯爵は逃亡中である。第2幕は6年後の1778年、サド侯爵は獄中にいる。第3幕は12年後の1790年、フランス革命勃発後の騒然とした時代である。革命によってサド侯爵は牢獄から解放され帰ってくる。老いたサド侯爵が屋敷の戸口に到着したと家政婦が告げるシーンで幕になる。よくできた構成だ。
貴婦人を演じる男優たちに違和感はまったくない。衣装はやや抽象的なロングドレスである。サド侯爵夫人のルネ(成宮寛貴)は白、他の夫人たちは黒と色分けしている。ルネの妹アンヌ(三浦涼介)だけはドレスでなく露出度の高いエロチックな衣装だ。アンヌの位置づけを鮮明にする仕掛けだろう。
この公演のラストシーンには驚いた。帰還したサド侯爵を拒絶したルネは修道院に向かう。舞台中央に立ったルネは客席に背を向けて舞台奥へ歩いて行く。そのとき。白いドレスを脱ぎ捨てて全裸になるのだ。この世の俗事を脱ぎ捨て、男も女も超えた人間ならざる者へ脱皮する姿を表しているようにも見える。男優起用ならではの演出だと思った。
コメント
トラックバック
このエントリのトラックバックURL: http://dark.asablo.jp/blog/2026/01/11/9829975/tb
※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。

コメントをどうぞ
※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。
※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。
※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。